北朝鮮中心の南北統一は非現実的

少し古い試算だが、米スタンフォード大学教授で国際危機監視機構の北東アジア研究所所長Peter M. Beck氏が、朝鮮半島統一に際してどのくらい費用がかかるか、その試算を紹介している。(ウォールストリート・ジャーナル日本語版2010年1月4日付)

朝鮮統一については、①ドイツ統一のような、突然だが友好的な最善のパターン、②ベトナムが経験したような暴力的な最悪のパターン、③これらの中間で、ルーマニアやアルバニアで見られたようなポスト社会主義の混乱した過渡期の3つが考えられるが、どの場合も費用はかさむだろう。

北朝鮮再建には電力網、鉄道、港湾等、新しいインフラが必要であり、それだけで何十億ドルも要する。また、北朝鮮には現代的な工場はほとんどなく、農耕地の回復にも長い年月がかかるだろうが、最も費用がかかるのは賃金格差の是正だろう。

最善のパターンで統一したドイツの場合、当初の環境は比較的良好で、東独の人口は西独の4分の1に過ぎず、1989年時点での東独の1人当たりの収入は西独の3分の1だったが、それでも西独側はこれまでの20年間で2兆ドルを払っている。

他方、北朝鮮の人口は高い出生率のために韓国の半分に達しているが、1人当たりの収入は韓国の5%以下しかない。北朝鮮の賃金を政治的に必要な水準と思われる、韓国の80%まで引き上げるには、30年間で2兆~5兆ドルが必要になるだろう。韓国の国民が全額負担すれば、1人当たり少なくとも4万ドルを支払うことになる。この費用を誰が負担し得るだろうか。

現在、中国は貿易、投資、経済支援などで年間30億ドル相当を支出しているが、この流れが続いたとしても、30年間で2兆ドルとすると、年換算では670億ドルが必要となり、ほんの一部を充当するに過ぎない。日本は過去の植民地支配の賠償金として100億ドルを支払う構えだが、これも必要経費の一部にしかならない。

結局、世界銀行などの国際機関や韓国、米国も一翼を担う必要があるだろう。北朝鮮経済の近代化は、北東アジアの平和と繁栄に向けての賢明な投資であり、政治家は、費用の財源と、統一後の混乱の中で資金が浪費されるリスクを最小限に抑える方策を考えなければならない。

このPeter M. Beck氏の試算は、2010年当時に考えられる数値としては妥当な数字と思われる。だが、韓国と北朝鮮との経済的な乖離が一層進んだことや現在の韓国の経済状況を考えれば、統一のための経済支援はかなり難しい。

例えば、韓国の2022年の国内総生産(GDP)は、物価の変動を除いた実質ベースで前年比2.6%増加したものの、21年の4.1%増からは失速している。原因は、資源高・原料高によって輸入が増大した一方、輸出が鈍化したことで過去最大の貿易赤字を計上したことが響いたためである。

今後、韓国経済が格段に上昇する可能性は低く、統一のための財政支出に耐えられる状況ではない。北朝鮮が核開発や弾道ミサイル発射実験を繰り返す現状では、日本が北朝鮮との国交回復のために100億ドル支払うことはまず考えられない。

南北統一を目指す場合、韓国は公衆衛生、年金、医療などの財源を拠出して北朝鮮の生活水準向上を支えなければならなくなるだろう。韓国は自国産業の競争力を引き上げつつ、北朝鮮の工業化の進展を経済的に支援しなければならない。

具体的には、韓国の官・民が巨額の資金を拠出し、北朝鮮で生産設備や社会インフラの整備などを進めることが考えられる。それは、韓国の財政支出を大幅に増大させるだろう。加えて、韓国では少子化、高齢化、人口の減少が進行し、社会保障関係費の増加が見込まれている。南北統一が進む場合、韓国は財源の乏しい北朝鮮の社会保障制度の整備・拡充のための費用も負担しなければならない。

南北統一放棄は現実的な選択

朝鮮半島は、歴史的に日米中露の利害がぶつかり合ってきた所である。大陸国家の中国、ロシアと海洋国家の日本と米国の対立である。しかも、朝鮮半島をどちらの勢力が取るかで、東アジアの安定と安全保障が大きく変わる可能性がある。これでは、中国、ロシア、日本、米国が妥協点を求めて統一に協力するとは考えづらい。

今回の北朝鮮の決断には、ロシアの影響があったという専門家が多いが、ロシアが高度な技術移転を行うメリットは少ない。ロシアが北朝鮮から受けている武器援助も戦況を動かすほどのものではない。しかも、ロシアも中国もこれ以上の北朝鮮の強軍化を望んでいない。

両国が恐れるのは、北朝鮮の飢餓状態と混乱により北朝鮮が自滅し、韓国寄りの政権が樹立されることだ。北朝鮮が南北統一を放棄したのは、極めて現実的な外交上の選択と言えるだろう。

藤谷 昌敏 1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。

編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年2月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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