下士官がモスクワの上層部の意図に反して、あるいは意図をくまず、目標選定をした可能性があるかもしれない。
モスクワの指導部が、嘘をつきながら、ひそかに民政施設を狙っている可能性もある。
指揮命令系統の破綻が理由である場合には、下士官の意図が問題になる。ただ上官の命令に真っ向から反して攻撃を行ったという事情は、考えにくい。少なくともある程度は暗黙の了解があったと考えることができる。その場合には、いずれにせよ、政治指導部の政治的意図が問題になる。
考慮しなければならないのは、なぜ7月8日に、ウクライナの防空システムは明白な限界を示したのか、ということだ。キーウに対するミサイル攻撃は、これまでも頻繁に起こっていたが、ほとんどは防空システムで撃退することができていた。8日は、それができなかった。攻撃はキーウの街の中心部で発生しているにもかかわらず、である。
ロシア側の技術的・戦術的変化があった。防空システムをかいくぐる攻撃方法を進化させていると同時に、攻撃目標を広範にしながら、逆にキーウ中心部への攻撃を実現するようにしている。政治的効果としては、それを見せつけたことが、大きい。
ウクライナの政治機能は、依然としてキーウに集中している。都市機能を停滞させる効果のみならず、それを通じてゼレンスキー政権の政策への疑いを強めることを狙っていると思われる。
ゼレンスキー政権の転覆を狙った動きを、ウクライナ政府諜報機関が防いでいる、という発表報道もある。詳細は不明だが、プーチン大統領が、政権転覆に依然として強い関心を持っていることは確かだろう。
さらに考慮しなければならないのは、今回の攻撃がNATO首脳会議の直前に行われたことだ。もっとも普通に考えると、このような時期に行うと、NATO側の態度を硬化させるだけの負の効果しかロシアには発生しないように思われる。
しかし今回のNATO首脳会議は、老齢による判断能力の低下を危惧されているバイデン大統領をはじめとして、主要国の首脳が、いずれも内政上の困難の課題を抱えている。ロシアは、混乱すると予測したNATO首脳会議をさらにいっそう紛糾させることを狙った、ということになるだろう。
NATO首脳会議の最大の議題は、ウクライナへの軍事支援の継続積み上げである。都市攻撃の誇示を通じて、軍事支援を防空システム供与にあてさせることは、攻撃用兵器に財政資源を回させることを妨害するために効果的であるかもしれない。
さらにいっそう外交的には、NATO構成国内の継戦支持派と停戦促進派の分裂を喚起することを狙っている可能性もある。 先にロシアを訪問したハンガリーのオルバン首相は、今後数カ月の期間で戦闘はかつてないほどに激化する、と予言めいたことを言っている。季節的な事情から言えば、冬になると陸上兵力の進軍が困難になるため、夏の間に攻勢をかけたい動機づけも働く。11月のアメリカの大統領選挙後に、勢力を固定化する交渉を行うために、それまでに支配地域を広げておきたい動機づけが働く。
2023年はウクライナ側の攻勢の作戦があったが、目に見えた成果を上げることができず、終わった。現在は、ロシア側が軍事攻勢を強める危険な時期になっている。