それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧した。その強硬政策の張本人がライシ大統領だった。政府と国民の関係は険悪化していった。大統領選の第一回投票率が約40%と過去最低を記録するなど、多くの国民は政治に距離を置いてきた(決選投票では投票率は少し増えた)。
オーストリア国営放送(ORF)のイラン担当カタリーナ・ヴァーグナー特派員は「イランの実権は大統領ではなく、ハメネイ師が掌握している。イランのイスラム支配体制を揺るがす動きがあった場合、政府は弾圧に出てくるだろう。そのうえ、新大統領は改革派だが、同時にハメネイ師に対しては忠実な政治家だ。ハメネイ師の意向に反して改革を実施することは出来ない」と分析している。要するに、「新大統領は一定の改革を実施するだろうが、イスラム支配体制には大きな変化をもたらす改革は期待できない」というわけだ。
イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落には歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。
イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている(「イランはクレブトクラシ―(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。
その一方、イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入してきた。
イランはまた、核開発を継続中だ。国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によれば、核兵器用濃縮ウランを増産している。イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのはもはや時間の問題と見られている。イランはロシアと中国に傾斜し、米国や欧州の政治的圧力をかわしている。
イランは6月中旬、国際原子力機関(IAEA)に、中部フォルドゥの核施設に高性能遠心分離機「IR6型」を複数連結したカスケード8基を増設しウラン濃縮能力を急速に拡大すると通知している。それに対し、IAEAはイランに査察官の受け入れなどを重ねて要求している。
イランを取り巻く政治、経済情勢は厳しい。医師出身の新大統領に抜本的な改革を期待することは難しいだろう。ただ、高齢のハメネイ師の健康状況が懸念され、ポスト・ハメネイ問題が囁かれ出している時だ。ちなみに、ライシ前大統領(聖職者でもあった)はハメネイ師の有力な後継者と受け取られてきた。そのライシ師の急死後、イラン国内で改革派と保守強硬派間の権力争いが広がってきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。