安倍総理の札幌街宣時の連呼行為は排除されたが逮捕起訴されず

また、街頭演説をしている前で大声を出して妨害をするということでは故安倍晋三元内閣総理大臣が現職であった令和元年7月の札幌街宣に対する連呼行為の事案がありました。4

こちらは声を出した者が逮捕・起訴されてはいませんが、北海道警が現場からの排除行為を行ったため、その適法性が争われています。

現在は男性に対する一部の行為については札幌高裁で北海道が逆転勝訴しましたが男性側が最高裁に上告し、女性に対する行為については道側の控訴が棄却されたため道が最高裁に上告をするという状況になっています。

この件の判決文を読んだ感想と現行法上の問題については以下で整理しています。

最高裁判例の演説妨害罪「事実上演説不可能・聴衆が聴取るのが困難」

最高裁判所第3小法廷 昭和23年(れ)第117号 昭和23年6月29日

衆議院議員選擧法第百十五条第二号にいわゆる演説の妨害とは、その目的意図の如何を問わず、事実上演説することが不可能な状態に陥らしめることによつて成立するのであつて、判示山内泰藏の演説の継続が不可能になつたのは、被告人と山内との口論にその端を発したものであるとはいえ、結局は、被告人の山内に対する暴行によつて招来されたものであるから被告人として固よりその罪責を免かれることはできない。

最高裁判所第3小法廷昭和23年12月24日判決 昭和23年(れ)第1324号 刑集 第2巻14号1910頁

しかし原判決がその挙示の証拠によつて認定したところによれば、被告人は、市長候補者の政見発表演説会の会場入口に於て、応援弁士林常治及び望月勘胤の演説に対し大声に反駁怒号し、弁士の論旨の徹底を妨げ、さらに被告人を制止しようとして出て來た応援弁士馬淵嘉六と口論の末、罵声を浴せ、同人を引倒し、手挙を以てその前額部を殴打し、全聴衆の耳目を一時被告人に集中させたというのであるから、原判決がこれを以て、衆議院議員選擧法第一一五条第二号(原判決文に「第一号」とあるのは、「第二号」の誤記であることが明らかである)に規定する、選挙に関し演説を妨害したものに該当するものと判斷したのは相当であつて、所論のような誤りはない。仮に所論のように演説自体が継続せられたとしても、挙示の証拠によつて明かなように、聴衆がこれを聴取ることを不可能又は困難ならしめるような所爲があつた以上、これはやはり演説の妨害である。

最高裁判例で公選法上の演説妨害罪が認められる場合が判示されており、「事実上演説不可能・聴衆が聴取るのが困難」な場合にはこれに当たるとされています。

さて、今回の都知事選の新宿バスタ前での小池百合子候補の演説に対する「やめろ」コールはどうでしょうか?

動画では「やめろコールに小池さんの演説が止まりました」とあるように、「事実上演説不可能」な状態になっていると言える可能性は非常に高い。

また、その前後でコールが起こっている中で小池氏が演説を続けている部分では、何を言っているのか聴き取りが困難な状況になっていると言えます。

そのため、文言上は最高裁の判示の通り「演説妨害」の既遂に至っていると言えます。

他方で、判例の事案は演説会の会場(ホテル内など)という閉鎖空間であり演説者に排他的な場の支配権があると言えるところ、本件では街頭という公共空間での演説であり、他の通行人等にも一定の自由があるという点で自由と自由の衝突の場面であるため事案が異なります。

もっとも、「やめろコール」というのは抗議の主張でも何でもなく単なる連呼行為5であって、本人の表現の自由の行使としての実質は無く、他者の言論の妨害行為としての実質が色濃いと言えるでしょう。

ただし、つばさの党のメンバーの逮捕容疑も「50分間」「拡声器を使い大音量で怒鳴る」というものであるところ、本件では動画の限りでは肉声であり、やめろコールが続いたのも40秒程度しか確認できていません。

やめろコールの前からも肉声で別の抗議の声を挙げている者も確認できますが、トータルで見てこれらの発声の(妨害行為の)継続時間がどれほどだったのか?という事情にも左右されそうな気がします。

なお、これだけの事情があれば、少なくとも警察が声掛けをした上で現場からの排除をしても適法であると思われます。しかし現在の所、そういう事案は確認できていません。

まとめ:候補者の情報を伝える演説・応援演説は有権者の投票判断に資する民主政治の基盤

街頭演説をする者に表現の自由があり、選挙における特別の許可を得て当該場所で選挙の自由を行使しているわけですが、その自由が満足を得るには主張が聴衆に伝わらなければ意味がありません。

選挙運動において、候補者の情報を伝える演説・応援演説は、それが候補者の主張が有権者に伝わることで投票判断を左右するものとして民主政治の基盤と言えるのであり、単に個人の権利利益の満足にとどまらず、公の秩序の観点からもその実効性確保の要請が働いているとも言えるでしょう。

単なる許可を得ていない傍観者の自由が優先される謂れはありません。

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編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年7月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。