魅力的すぎる主人公ユリの怒りっぷり

女優、深町友里恵さんが演じる主人公ユリはほぼ全編で怒っています。というより、ずっとブチキレています。ネット上では魅力的でキュートな笑顔がたくさん見つかる素敵な女優さんなのですが、この映画ではそれはほぼ見られません。彼女の笑顔のファンの方はがっかりしてくださいね。

ですが、その分、最上級の怒り顔を堪能できます。そして、その怒りはとてつもなく自分勝手でワガママです。見る人が見たら嫌悪感を覚えるかもしれない、ギリギリの線を攻めるレベルのワガママです。悪い言葉になっちゃいますが、「クソみたいな」などと形容したくなるレベルです。

なのに、なぜかこのキレ方には惹きつけられるのです。私も映画を見ながら「周りにこういう奴がいたら絶対に嫌だ」と思いながら、どんどん惹きつけられていきました。なぜ、惹きつけられるのか、心理学者の悪い癖で心理学的に考えてしまいました。

私たちが逃れられない「人の性」

そして答えが見つかりました。それは、たとえワガママであったとしても、この怒りの裏にある深い悲しみが、私たちが決して逃れられない「人の性」から生まれているからです。

主人公のユリは、本当は果てしなく悲しんでいます。その悲しみは一言では言えないほど深いのですが、可能な限りシンプルに表現するなら「自分の価値を他人に決められてしまう」ことから来る悲しみです。

私たちはみんなユリかもしれない

主人公のユリがどのように価値を他人に決められて来たかは映画でご覧いただきたいのですが、これは実は私たちはみんな同じです。私たち人間は自分の価値を自分で決められない動物なのです。

私たちは生き物です。生き物なのですから、本来は「生きていればそれでええ」はずです。なのに、人間は他人が決める自分の価値に悩み、苦しみ、時には自死すら願います。生き物としては、明らかに何かがおかしい…それが私たち「人」なのです。

主人公のユリの怒りはワガママです。ですが、その背景にある悲しみは、誰もが逃れられない「人の性」から来るものなのです。だから、私はこの怒りに嫌悪と同時に美しさを感じてしまい、深く惹きつけられたようです。

さあ、いかがでしょう? 美しい怒りと醜い怒りの境目、そして私たちが逃れられない「人の性」、覗いてみたくありませんか? グ・スーヨン監督が複雑な背景を持つ街、下関を舞台に描く「幽霊はわがままな夢を見る」、微妙に映画好きな心理学者がその最高の教材としてオススメします。ぜひ御覧ください。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。 日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。 サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。