次に、なぜ上記のニュースを歴史的、歴史が動く瞬間と感じたかを説明する。
欧州でイスラム系住民の数が年々増加していることは久しく報じられてきたことで、新しいニュースではない。中東・北アフリカから多数のイスラム系難民、移民が欧州に殺到した2015年以来、「イスラムの欧州北上」は既成の事実だ。にもかかわらず、当方はウィーン市公立学校のイスラム系生徒の数がカトリック系生徒のそれを上回ったというニュースに「歴史の歯車」の音を感じたのだ。
オーストリア国民には「イスラム北上」のトラウマが抜けきれない。同国が欧州諸国の中でもトルコの欧州統合に最も批判的なのは決して偶然ではないのだ。同国は過去2回、オスマン・トルコから侵入を受けた。1529年と1683年だ。特に、後者(第2次ウィーン包囲)では、北上するトルコ軍にオーストリア側は守勢を余儀なくされ、ウィーン陥落の危機に直面した。皇帝レオポルト1世の支援要請を受けたポーランド王ヤン・ソビエスキーの援軍がなければ、危なかった。ウィーンがトルコ軍の支配下に陥っていたら、欧州はイスラム圏に入り、キリスト教文化は消滅していたかもしれないのだ(「333年前にイスラム北上の”悪夢”」2016年9月8日参考)。
ウィーンは移民の増加もあってあと数年で200万人都市となる。そして難民の大多数はアラブ系、イスラム系だ。彼らから生まれた子供たちが小学校、中学校に通うようになるから、小学校ではドイツ語を話せない生徒が増えてくる。将来、学校でドイツ語ではなくトルコ語、アラブ語を学んで家に帰ってくるオーストリアの子供に親がビックリする状況になるかもしれない。それゆえに、公立学校を避けて子供を私立学校に通わせるオーストリア家庭が増えているわけだ。
ウィーン市の小学校でのイスラム系生徒の数の増加は近未来のウィーン市を予測させる。増加するイスラム系生徒は「第3次ウィーン包囲」の予備兵ともいえるからだ。
(オーストリアの宗教図はカトリック教徒約55%、プロテスタント約4%、イスラム教徒が約8%だ。既に10%を超えたという数字もある。イスラム教徒が急増する一方カトリック教徒の数は年々減少し、あと数年で50%を割ると予測されている)
「歴史の歯車」の音を体感した作家がいる。仏人気作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏だ。同氏の小説『服従』は大統領選でイスラム系政党から出馬した大統領候補者が対立候補を破って当選するというストーリーだ。フランス革命で出発し、政教分離を表明してきた同国で、将来、イスラム系政党出身の大統領が選出されるという話はフランスばかりか欧州全土で話題を呼んだ。単なるプロパガンダ小説ではなく、現実味のある近未来小説だ(「無神論社会の”やりきれなさ”」2015年1月25日参考)。
ウィーン市議会のクリストフ・ヴィーダーケア副市長(リベラル政党「ネオス」所属)は「信仰はプライベートに属する。信教の自由は非常に価値がある。問題が生じるとすれば、信仰が民主主義の価値観と一致しなくなる時だ」と指摘し、学校では「民主主義の価値観と生き方」を必修し、宗派の違いを超えた共通の価値観を1学年から教えていきたいという。なお、ポラシェック文相は「学校での宗教授業はそのまま残す」と強調している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。