当時、欧州理事会にいたメルケル首相が、強引に押し込んだといわれるから、EUはたいして民主的な組織でもない。それでも、EUの決定事項は各国の法律より上になるので、5億人のEU市民は、自分たちが選んでもいない人間の影響下に否が応でも置かれてしまうわけだ。

ちなみにフォン・デア・ライエン氏は、ドイツの国会でも比例名簿によって議員となり(選挙は過去3回とも落選)、家庭相、労働相、国防相を歴任したが、国民のためになったような功績はトンと聞かなかった。

それ以後、EUの重職に就いて4年半、コロナワクチンの調達で失敗し、難民政策でも失敗が顕著。それどころか今、氏の首の周りには、汚職、詐欺、越権行為、証拠隠滅、利益誘導などの容疑も複数ぶら下がっている。そんな人が欧州委の委員長というのが、なんだか信じられない。

氏に掛かっている1番の容疑はコロナワクチンに関することで、21年に氏が勝手に米ファイザー社のアルバート・ブーラCEOと、ワクチン購入について秘密取引をしたというもの。そのおかげでEUは、22年、23年分として、18億回分のワクチンを購入することになったといわれる。もちろんこんなにたくさんワクチンが必要なはずもない。

しかも破格なのは数だけでなく、値段も。欧州委はこれまで、ワクチンの購入値段を一切公表していないが、この時、フォン・デア・ライエン氏が軌道に乗せたワクチン購入の総額は350億ユーロで、しかもこれだけ大量に発注したのに、その単価が15.5ユーロから19.5ユーロに膨らんだことがリークされている。

その後EUではワクチン熱は急速に冷め、納入分はすでに期限切れでほとんどが廃棄された。しかし後続分のキャンセルは不可で、たとえ受け取らなくても・・・・・・・・・・・支払いは義務という契約だそうだ(ただし、製造されなかった・・・・・・“幻のワクチン”の価格は、19.5ユーロではなく、10ユーロに値引きしてもらえるとか)。

この秘密の取引について最初に報道したのが米ニューヨーク・タイムズ紙で、同紙はフォン・デア・ライエン氏とブーラ氏の間で取り交わされたショートメールの公開を求めたが、欧州委は拒絶。その後、ドイツのジャーナリストもやはりその閲覧を申請したが、欧州委はそれも無視。そこで相談を受けたEU市民の全権委員が7月、やはり同様の申請をしたが返事はなく、21年10月、腹に据えかねた緑の党の議員団が、欧州裁判所に訴えを上げた。

翌22年9月、今度は欧州会計監査院がやはりショートメールの開示を求めたがそれも不発。翌月にはついに欧州検察庁が「同案件を捜査中」と異例の発表となった。しかし噂によれば、フォン・デア・ライエン氏は、ショートメールは絶対に復元ができない方法ですでに削除してしまったという。

もし、それが本当なら違法だが、実は氏には同様の前科がある。欧州委員長に就任する前の国防相時代、公募なしに破格の給料で大量の縁故採用をしたことが明るみに出ると、やはり証拠のメールを全消去して罪を逃れた。しかも、その後、あっという間にEUの重職に就いた。EUの摩訶不思議な密室人事だ。

しかも、先日5月24日、唐突に、フォン・デア・ライエン汚職事件の捜査が一旦中止で、12月6日まで延期されると発表された。氏の選挙運動の邪魔をしないようにという優しい配慮であることは間違いない。キリスト教民主同盟(CDU)のホームページによれば、氏は今回の欧州議会選挙でも同党の筆頭候補者。ただし、選挙の投票用紙に氏の名前は載らないらしいから、この調子では、氏はまたもや選挙の洗礼を受けずに、欧州委の委員長を続投するつもりだ。

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なお、EU全体で言うなら、今回の欧州議会選挙では、右派が躍進すると見られている。フォン・デア・ライエン氏の欧州委員会が進めすぎた左派グローバリズム政策に抵抗する勢力が、すでにあちこちで台頭してきているからだ。特にEUでは難民政策が完全に破綻しており、デンマーク、オランダ、イタリアなどが、違法難民の取り締まり強化に舵を取り始めた。これまで、難民受け入れに難色を示すハンガリーやポーランドを、極右だ、独裁だと非難し続けてきた欧州委だが、今やそうも言っていられない。

保身の上手いフォン・デア・ライエン氏は、先月、イタリアのメローニ首相に急接近し、今後の協働を模索したが、その行動が、欧州議会の野党である緑の党や社民党のグループから“EUの右傾”として激しく非難されている。これまでせっせとEUを左傾化させたのは氏であるから、自業自得だろう。

同じく、右派の台頭に特に脅威を感じているのが、これまで欧州理事会で主導的立場を占めていたドイツとフランス。マクロン大統領は、母国では現在、ル・ペン氏に追い詰められており、ショルツ首相はすでに支持率が15%と、過去27年で一番人気のない首相だ。そのマクロン大統領が5月26日より3日間、国賓として公式にドイツを訪問(国賓訪問は24年ぶりのこと)したが、その中身は一から十まで共同の選挙運動だった。

マクロン大統領が強調したのは、「ヨーロッパは弱っている。だからこそ独仏2国が協力して非民主勢力を駆逐し、民主主義を、そしてヨーロッパを救わねばならない」ということ。それに御用メディアが協力し、公共放送では “EU”、“民主主義”と叫ぶ人たちを大写しにして、3日間の独仏親睦を感動的に演出した。

ただ、私に言わせれば、マクロン大統領は、自分が追い詰められていることを“ヨーロッパが壊れる”と危機感を持って表わしているだけだ。ショルツ首相も同様で、EUや民主主義を肯定することを、自身の存在の肯定にすり替えようとしている。

しかし、これらの作戦が果たしてうまくいくかどうか? そもそもヨーロッパの国民は、EUが壊れても、ヨーロッパが壊れるなどとは思っていない。それどころか民主主義を壊しかねないEUの指導層に対して、抗議しているだけだ。口では民主主義を叫ぶ腐敗政治家には退場してほしいというのが、EU市民の本音だろう。

2019年の欧州議会選挙の投票率は50.6%だったが、さて、今回はいったいどうなるか?

たかがEU、されどEU。今、EUからは目が離せない。