アラブ諸国は公式にはイスラエル側を批判している。ガザ最南部ラファの避難民エリアをイスラエル軍が空爆し、多くの犠牲者が出るとサウジからクウェートまでアラブ諸国で一斉にイスラエル批判のトーンがさらに高まった。特に、ガザ南部の国境でエジプト兵士がイスラエル軍兵士に殺害された時、イスラエルとエジプトの両国関係は一時緊迫した。米国のシンクタンク「ウルソンセンター」の中東専門家ジョー・マカロン氏は「イスラエルは中東では益々不可触民(パーリア)国家となってきた」と表現している。

しかし、イスラエルと外交関係を締結しているエジプト、ヨルダン、アラブ首長国連邦などのアラブ諸国はガザ紛争後、イスラエルとの関係を断つといった動きは見られないという。

例えば、トルコのエルドアン大統領は昨年12月、ネタニヤフ首相を「ヒトラーと変わらない」と罵倒し、イスラム諸国に対してイスラエルと関係を断つべきだとアピールしたが、トルコはイスラエルとの関係を完全に断つ考えはもともとない。イスラエルの背後に米国がいること、米国からの軍事、経済支援は欠かせられないという事情があるからだ。アラブ指導者がイスラエルへの対応で中途半端な立場を維持するにつれ、国内から批判が聞かれ出している(「エルドアン氏よ、『ハマス』はテロ組織」2024年5月16日参考)。

その一方、アラブ諸国内で「ハマス」の支持が高まっている。サウジでは「ハマス」への支持率は昨年10月7日の奇襲テロ前は約10%の支持だったが、テロ事件後40%に膨れ上がった。今年1月実施された調査によると、アラブ16カ国の国民の3分の2は「ハマス」の奇襲テロを正当化し、80%は「米国とイスラエルが中東の安全を脅かしている」と受け取っていることが明らかになっている。

「ハマス」の支持が高まったということは「ハマス」を軍事的、経済的に支援しているイランの成果と考えられる。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランは歴史的に中東のヘゲモニー争いを展開してきた関係だ。そのサウジで「ハマス」への支持が高まっているのだ。そして「ハマス」の背後には「ムスリム同胞団」がいる。アラブ諸国の多くは「ムスリム同胞団」をテロ組織と受け取っている。エジプトがガザ最南部ラファの検問所を避難民のために開放しないのは、避難民の中に「ハマス」のメンバーが潜入することを恐れているからだ。

まとめるなら、ガザ戦闘が長期化し、イスラエル軍の攻勢が激しくなり、パレスチナ人の犠牲者が更に増えれば、ハマス戦闘士はアラブ諸国の国民に英雄視される。その結果、アラブ諸国の指導者は窮地に陥るという構図だ。

なお、サウジのムハンマド皇太子は米国との安全保障協定の締結をここにきて躊躇しだしているという。なぜなら、同協定ではイスラエルとの関係正常化が義務づけられているからだ。ガザ紛争の停戦なく、同皇太子は同協定を締結できないのだ。

以上、ザイベルト記者の記事の概要を紹介した。ガザ紛争でのアラブ諸国の事情を理解するうえで助けとなる。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。