ざっくり分けると2種類あった「比喩で伝える」やり方のうち、片方しか使えない/心に響かない人が増えている。それってかなり深刻で、重大な変化ではないだろうか……とかねて思ってきたのですが、実は対談の後で編集部に先駆的な論文があるよと教えてもらいました(※)。

構造主義の言語学者だったロマーン・ヤーコブソンの「言語の二つの面と失語症の二つのタイプ」(1956年)。いまは平凡社ライブラリーの選集で気軽に手に取れます。もっとも文章は難読ですが、僕なりにまとめるとこんな感じです。

失語症の2つのタイプ

これはいま考えた例ですが、類似性に障害がある失語症の場合、「ペンで文章を書く」と発声することはできる。でも「ペンって何ですか?」と聞かれると、「筆記用具の一種で、日本人にとっての筆です」とは答えられずに、「あー……書く、書く」のように返してしまう。

近接性に障害のある失語症だと、逆に「ペンって何ですか?」には「うーんと、筆。鉛筆。万年筆。ボールペン」のように答えられる。しかし「『ペン』という言葉で始めて文章を作ってください」と言われると、沈黙してしまう……といったところでしょうか。

綿野さんとの対談で、現在を「メタファーが壊れてしまった時代」と呼びましたが、ヤーコブソンの図式で解釈するなら、それは「文章っぽいものはとりあえず喋れるんだけど、『つまりどういう意味なの?』と聞かれたときに言い換えられない」状態が慢性化している、ということになります。

いかにも「鬼才顔」のヤーコブソン。ソシュールとレヴィ=ストロースをつなぐキーマンとして著名(写真はWikipediaより)

……で、いま、それってよく目にしますよね?

ChatGPTのような生成AIが文章を書く原理は、ちょうど「あー……書く、書く」タイプの失語症と同じなわけです。ある語彙の次には、だいたいこの語彙が使われる、というアルゴリズムで用語を並べていくけど、本人というかAIは、使う言葉の意味をわかっているわけではない。

お役所の答弁なら「もうChatGPTで書けるのでは」と言われるように、定型句が逸脱なしに組み合わさっていることが大切で、ぶっちゃけ内容はあってもなくても別にいいタイプの文章は、生成AIに外注するのに向いています。

でも、それを「ほらね。AIは人間に追いつく!」と主張する根拠に使うのは、要は、もう人間なんて全員失語症だったってことにしちゃおうぜ、ある種の失語症はAIと同じ状態になることが知られているから、みたいな話にすぎないわけです。

そして、実は「在官」の人文学は着実に、そうした「ChatGPT型の失語症」へと近づいています。なにを隠そう、ポリコレ論文の書き方って、同じアルゴリズムなんですよ。

次々に新語が出てきて意味はよくわかんないけど、でもとりあえず「この辺はワンセットで使う」という語彙のグループが決まっている。あとは、任意のトピックをそこに代入して、ずらずらと毎回同じ組み合わせで文章を綴ればよいだけ。

たとえば、「なぜ○○が喫緊の課題なのか。人新世の時代には、私たちはグローバルに思考すること、つまりナショナリズムに囚われず、ジェンダーギャップを克服し、しかしトランスジェンダー排除に陥らず、多文化主義と脱植民地主義に貢献する、インターセクショナリティの観点に立つことが求められるからだ」とか書いておけば、○○に入れるのはその日のTwitterでトレンドに挙がった用語でいいわけです(苦笑)。

よく見るでしょ、大学のそういう学者さんたち。つまり彼らは、意識高く自らをChatGPTへと「進化」させようとして、かえってある種の失語症になってしまった人たちなんです。ケアしてあげましょう。

え、お前がケアしてないだろって? 人聞きの悪い。僕が殴る蹴るしてるのは、向こうが「先に手を出してきた」学者に対してだけですよ(笑)?

なぜなら多文化共生の時代に求められる社会的な包摂とは、ケアであり共感でありエンパシーであり寛容だからです。まさにいまアクチュアルな問題意識で続く連載に、ご期待くだされば幸いです!

(※)『表現者クライテリオン』は西部邁さんの系譜を引く雑誌なんですが、生前の西部氏が「人生でいちばん面白かった論文」と評していたのが、このヤーコブソンの失語症論だったそうです。

西部さんというと反米の頑固な保守オヤジという印象が強いですが、そうなる直前には記号論を通じたあらゆる学問の相対化にハマっていたという話は、拙著『平成史』の506頁から書いています。もしよろしければ。

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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