今、「ガザ危機」をめぐって欧米諸国とその他の諸国の政治的対立が、現代世界を捉える思想的立ち位置の違いの反映でもあることを見て、私はあらためてサイードの『オリエンタリズム』を読み直したくなったわけである。

あらためて『オリエンタリズム』を読んでみると、意外なまでに衝撃感がないことが、発見であった。そこで描写されている過去の文献の記述は、あまりに現代的である。

19世紀に世界史に類例のない海外領土の拡張を見せた欧州の帝国群は、20世紀後半の脱植民地化の過程をへて、全て崩壊した。しかし欧米中心主義的な世界観は、欧米人の思考様式から拭い去られてはいない。欧米諸国との関係を重要視してきた日本人の思考様式においてすら、欧米中心主義的な世界観が根深い。

イスラエルがガザの人々を征服すべき他者として扱う姿を見て、理性的には国際法違反だということがわかっていても、中東における欧米文化の代理人としてのイスラエルの姿を、心理的にはどうしても自然な出来事として受け入れてしまおうとしてしまう人たちがいる。

昨年10月7日のハマスのテロ攻撃を見て、欧米諸国の指導者たちは、ウクライナのゼレンスキー大統領を含めて、異様なまでに感情移入した熱烈なイスラエル支持の感情を表明した。

苛烈な抑圧を続けてきた占領者であるイスラエルに全面的な支持などを表明してしまったら、今日のような事態を招くこと、そして自国の外交的立ち位置を危うくしてしまうことは、必至であった。しかし私ですら容易に想像できることが、欧米人の指導者には、全く見通せなかった。

欧米はイスラエルの行動を見誤った ネタニヤフ首相SNSより(編集部)

しかも彼らは、イスラエルの行動を見誤っただけではない。欧米の大学では「ポスト・コロニアル」研究は、必須の対応分野であり、社会に不可欠の価値観を提供する知的基盤の一つとみなされている。当初の欧米諸国指導者のような姿勢では、国内世論対策としても近視眼的であることは明白であった。ただそれを感じ取ることだけでも、老齢のバイデン大統領には、あまりに困難な作業であったということか。

「オリエンタリズム」と呼ぶべき根深い欧米中心主義の世界観が、欧米諸国の指導者たちの眼差しを常に曇らせ続けてしまうのだろう。

「オリエンタリズム」は、倫理的に問題があるだけではない。21世紀の世界の現実と乖離しているがゆえに、問題である。かつて欧米諸国が中心になって欧米中心主義的な規範体系として成立した国際法は、20世紀後半の構造転換をへて、非欧米諸国を守るものとして機能する。ガザのように欧米中心主義的世界観と非欧米諸国の価値観がぶつかりあう場では、国際法は、欧米諸国の味方ではない。

さらに言えば、そもそも欧米諸国の政治的・経済的な力は、相対的に低下し続けている。今後の国際社会において、かつてのような政治的・経済的そして規範的な権威を、欧米諸国が持ち続けることは、決して簡単なことではない。力の裏付けが弱める欧米諸国指導者の「オリエンタリズム」の「ダブル・スタンダード」を、非欧米地域の人々は、冷ややかに、あるいは怒りを持って、見ている。

現在のガザ危機が、国際政治の全体動向の構造転換を促進する事件となることは、間違いないと思われる。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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