見た目は普通の“おばちゃん”が実は6人を殺害していたというショッキングな事件がかつて起きている。不可解な連続殺人の動機とは? そこには不遇の境遇に加えて大量に服用していた薬物の影響があった――。
■子宮摘出手術後に周囲に不審死が続く
アメリカで死刑制度が1976年に復活し、最初に処刑された女性となったヴェルマ・バーフィールド(1932-1984)は6件の殺人が発覚してから「死刑囚のおばちゃん」として一躍悪名を轟かせた。見た目は一見して普通の“おばちゃん”が気づかれぬよう周囲の人物の命を奪っていたのである。
ヴェルマ・バーフィールドはノースカロライナ州イーストオーバーで生まれ、フェイエットビル近郊で育った。バーフィールドの父親は彼女に身体的虐待を行っていたと伝えられているが、母親のリリアン・ブラードは一貫して見て見ぬふりを続けていたという。
彼女は1949年にトーマス・バークと結婚して父親の束縛から逃れることができた。2人の子供を授かり、その後に子宮摘出手術を受けるまでは幸せだったと伝えられている。
子宮筋腫の治療による子宮摘出手術の後、痛みが引かずに大量の鎮痛剤を処方され、それが彼女の性格に劇的な変化を引き起こしたと考えられている。彼女はまるで父親のようにすぐに癇癪を起こすようになったという。
バーフィールドの連続殺人事件に取り組んだポッドキャスターのジョシュ・トーマス氏は「彼女は後に『自分の神経にどう対処すればいいのか分からなかった』と書いている。彼女は幼い頃から何かに動揺すると緊張して恐怖に襲われる性質で、子宮摘出術の後、すべてがさらに悪化しました」と説明する。
「子宮摘出手術はホルモンを劇的に変える可能性があり、当時はホルモン治療は一般的ではなく、セラピーやカウンセリングも一般的な選択肢ではありませんでした。そのため、社会的、精神的、または感情的なはけ口がなかったため、彼女は自分の感情を溜め込み始め、父親のように感情を爆発させるようになりました」(ジョシュ・トーマス氏)
その後、バーフィールドは精神にも支障をきたし、鎮痛剤に加えて向精神薬のリブリウムが処方され服用するようになった。さらには酒や麻薬も常習するようになっていったという。
結婚当初は幸せな夫妻であったが、この頃には夫のトーマスは酒浸りになっており、酔った末の寝タバコで家を全焼させると共に本人も命を落としてしまった。
トーマスの死からわずか1年後の1970年、バーフィールドはジェニングスという男性と結婚した。しかしその結婚から1年もしないうちに、ジェニングスは心臓疾患で急逝してしまう。あまりにも急で不自然な死であった。