名前をつけ、多様性を認識し、そして守る
科学者たちは「私たち人間がシャチと呼んでいる動物は、本当に“シャチという1つの動物”として認識してよいのだろうか」と考えていました。
さて、ここでいう”1つの動物”とはなんでしょうか?それは「交尾すれば仔を残せる動物たちのあつまり※1」のことを指します。こういった動物のあつまりを生物学では「種(しゅ)」と呼びます。ニホンザル、ミヤマクワガタ、ブラックバス、シュモクザメ…これらは全て種の名前(=種名)です。
ちなみに、同じ“種”という言葉が入っていても注意が必要な生き物たちがいます。それは、我々ヒトという動物です。ヒトという動物はアフリカにもヨーロッパにも住んでおり、しばしば我々はそれぞれのヒトを「人種」と呼んで区別したりします。
ではアフリカ人とヨーロッパ人は違う”種”なのでしょうか?
答えはNOです。なぜなら「アフリカ人とアメリカ人は、交尾すれば子を残せる」からです。
では「犬種」はどうでしょうか?チワワとトイプードルは似ても似つかない生き物ですので異なる種なのでしょうか?
答えはNOです。なぜなら「チワワとトイプードルは、交尾すれば仔を残せる」からです。
※1 より正確に言うと種とは「交尾すれば、次世代をつくりだす能力(稔性)を持った仔を残すことができる動物のあつまり」です。例えば、ライオンとトラは交尾すれば、仔を産むこと自体はできます。しかし、そうして産まれた仔は、仔を残す能力を持っていません。よって、ライオンとトラは別の生き物(種)だと結論を下せます。
人がなぜ生物の種を細かく分類するのか? というのは難しい質問ですが、現代においてはその生物の保全に役立てるためという目的があります。
とにかくこの”種”を認識する、ということが、生き物を守るうえではとても大事です。
それはなぜでしょうか?
一言でいえば「私たちはまず、ある対象を認識し、そして、その対象守る計画を立てますが、そもそも対象を認識することができなければ、当然、計画を立てることもできない」という至極当然の理由です。
生き物の保全でいえば、この対象にあたるものが種です。つまり、種として認識できないものを守る計画を立てるということは不可能だということです。
今回のシャチの例を単純化して考えみましょう。
まず、シャチは1種だけであるという世界を考えてみます。シャチと呼ばれている動物のなかには魚ばかり食べている集団もいれば、クジラなどばかり食べる集団もいることはすでにわかっています。
さて、シャチの個体数が減ってきたという報告が徐々に増えてきました。では、餌である魚を守るという保全戦略は有効でしょうか?
魚ばかりたべるシャチには効果的な戦略といえるでしょうが、クジラばかり食べるシャチにはあまり効果的な戦略とはいえないでしょう。それに、仮にクジラばかり食べるシャチが絶滅したとしても、シャチが絶滅したということにはなりません。
では、魚ばかりたべるシャチとクジラばかり食べるシャチが別の種として明確に認識されている世界ではどうでしょうか? おそらく、シャチが1種だけであるという世界よりも、それぞれの種に適したより効果的な保全戦略を策定することができるでしょう。
このように、種を認識するということは、生き物を守る計画を考えるうえでは、最も基本的であり、もっとも大事な作業といえます。
最初にお話ししましたが、シャチは10のタイプに分類できるという考え方が一般的になりつつあります。この研究に発端として、これからシャチという生き物が、さらに細かく分類されていくかもしれません。