心を読むAIとVR技術の融合が接客を支援する

VRなどのXR接客トレーニングシステムのメリットや課題*1
VRなどのXR接客トレーニングシステムのメリットや課題※1 / Credit:産業技術総合研究所

――具体的な研究の内容について伺っていこうと思います。AIに実際どのようなことをさせて、接客の現場に適用しているのでしょうか?

佐藤:接客では人間の心の動きを理解することが最も重要です。特にクレーム対応のような難しい場面では、相手の感情に共感しつつ解決策を模索するという難易度の高いことをしなければなりません。人間の高度な脳は、言葉、声の響き、表情、視線、立ち振る舞いなど異種混合の情報をオートで統合できるので、それらの仕事が可能となります。

――人間の脳って、実は凄いことを無意識でしているんですね。

佐藤:そうなんです。既存のAIも文章生成、音声認識、画像認識など限られた範囲では人間を超える能力を発揮できます。しかし異種混合の情報を統合するには、各機能を足し算するだけでは上手くいきません。

――なぜ単純な「足し算」ではダメなのでしょうか?

佐藤:それぞれのAIが全く異なる学習過程を経て作られているからです。文章生成AIは主にテキストを学習して作られますが、体内の腫瘍を特定するAIはX線写真のような画像で訓練されます。単に10種類のAIを足し算的に運用したとしても、得られる出力が10個に増えるだけです。

――では接客場面のように、さまざまな要素が含む状況を攻略できるAIを作るには、どうしたらいいのでしょうか?

接客支援AIの構成例
接客支援AIの構成例 / Credit:産業技術総合研究所

佐藤:研究ではAIに人間と似たような感覚器官を持たせることからはじめました。まずカメラとマイクを使って視覚情報と聴覚情報を集めたんです。次に各種センサを体に取り付けることで、身振り手振りや心拍数などの生理的情報も収集します。さらにアイトラッカー機能によって視線の細かな動きも収集しました。「目は口ほどにものを言う」と言われるように、接客において視線は重要な要素となるからです。

――熟練者でも新人の視線や脈拍までは完璧に把握できませんが、AIを使えば可能になるんですね。

佐藤:そうです。異種混合の情報で学習したAIは複数の感覚器官から感じた(検知した)内容にも発言権を与え、総合的な結論を導けるんです。異なる複数の情報源を活用することで、人間の感情をよりリアルに読むことができ、接客訓練の効率化や、現場でのリアルタイムな支援が可能になります。特に接客訓練はAI技術とVR技術を組み合わせることで大きな成果を上げています。

――VR空間を利用できれば、初めて現場に立つ前に、実践に近い形で訓練が可能になりコストカットにつながりますね。

佐藤:テストに協力していただいた企業からも、そのような評価をもらっています。

――具体的にはどんな感じで訓練が行われるのでしょうか?

佐藤:VR訓練では、体の動きをAIが認識できるデジタルな数値に変換します。こうすることで人間の感情や接客の良し悪しを、AIコーチが判断できるようになります。たとえば飛行機の遅延で怒っている顧客に対応する場面では、適切な対応を行えば顧客の怒りレベルが徐々に収まるように設定されています。逆に不適切な感情表現やお辞儀、不自然なタイミングでの相づちが検知されれば、顧客の怒りレベルは上昇していきます。

――かなり実践的に作り込まれていますね。

ヘッドマウントディスプレイを利用した接客トレーニングシステム。怒ってクレームを入れている顧客に対してどういった返答をするかを対応者が選択して訓練する。
ヘッドマウントディスプレイを利用した接客トレーニングシステム。怒ってクレームを入れている顧客に対してどういった返答をするかを対応者が選択して訓練する。 / Credit:Tanikawa et al.2021より引用※2

佐藤:さらに人間のストレスレベルや心理的状態を検知することで、VR世界で進行するシナリオを変化させ、適度な緊張状態を維持するように設定されています。

――AIが採点者やゲームマスターとなってVRでの訓練を支援してくれるわけですね。

佐藤:加えて開発されたAIは、接客場面や接客の状況を検知することで、知識的な支援をする機能も備わっています。たとえば空港のスタッフとして、悪天候が原因で飛行機の発着に遅れがでてしまって困っているお客に、どのような案内をすればいいかを教えるAIも開発してきました

――常識的には、無料で別の便に変更できると思いますが…新人のあいだは自信をもって断言するのは難しいはずなので、その部分の知識支援をしてくれるのは純粋にありがたいでしょうね。

佐藤:他にも電車などの公共交通機関の遅れのせいで飛行機に乗り遅れてしまったお客に対して、どう案内すべきかなど、多岐に亘る知識も支援することができます。

――電車の遅れの場合は……無料で乗り換えられるかはケースバイケースだと聞いたことがあります。誤案内してしまった場合には、取り返しがつかない結果になりかねませんね……

佐藤:熟練度にかかわらず、人間はだれしも誤案内をしてしまう可能性があります。そんなときAIが致命的なミスを知識面で補助してくれれば、悲劇を回避できます。

――他に現場からはどのような意見が聞かれたのでしょうか?

佐藤:これはVR訓練の使い方に関してなのですが「自分で自分の行った接客を体験できるのは面白い」という感想をもらっています。VR世界で自分が行った接客を記録しておき、後にお客の立場で再体験するわけです。

――上手くいけば自己改善のループを築ける可能性もありますね……VR技術ならではの利点(百聞は一見に如かず)だと思います。ほかにも、人間の感情を読んでアドバイスできる機能が発展すれば、異性と話したりプレゼンをするときに、自分を良く見せる助けにもなりそうですね。

佐藤:学習規模が拡大すれば、それも可能だと思っています。これまでは鏡やビデオを使って自分を録画したり、知り合いに頼んで意見を貰うことはできました。しかし自分で自分を見て直すには限界があります。親しい人から意見を聞く場合も、自分のことを既に知っているという先入観があります。ですがAIからの意見は公平で客観的なため、そういった問題を回避することができるでしょう。

――恥ずかしがり屋の人にとって、AIコーチを使うことで対人スキルが磨ける世界は待ち遠しいばかりですね。