カタルーニャ自治州の都バルセロナで夏季五輪(1992年)が開催されたとき、開会式での大掛かりなマスゲーム用に日本のリューイチ・サカモトが音楽を書き下ろし、自ら指揮台に立ってオーケストラを奏でる雄姿が、世界に同時中継された。

高校時代にすでに左翼運動家でもあったという彼にとって、スペイン王国という体制に抗い民族の自立を謳う五輪の祝典を任されたことは、自尊心を擽られるイベントだったことだろう。

坂本の音楽活動は、終生何かそうした政治的思想的信念に伴われ、理論化されたものであった。そのぶん彼の活動は、反原発運動のデモンストレーションなど、しばしば一時の祝祭で終わってしまうこともままあった。バルセロナ五輪での彼の音楽を口ずさめるものは今まずいないだろう。

現地のかつての子どもだった人びとにとって、日本のヒーローはリューイチではなく、アニメの悟空であり、その作者アキラトリヤマなのだ。当の鳥山が「ドラゴンボールには思い入れがない」「連載中は、ただひたすら日本の少年に喜んでもらおうと描き続けていただけです」と生前あっけらかんと公言していたことを思うと、苦笑を禁じえなかった。

トリヤマとサカモト——ふたりの龍は、それぞれ現代日本文化のヒーローとされたが、「仮面の告白」ではなく「西遊記」や「八犬伝」の流れを汲む前者の創造物のほうに、多民族の共存とか不屈の闘志(サッカー人気の高い国で「DB」はとりわけ人気が高い!)といったメッセージが世界各地で読み取られているのは、非常に興味深い。

先日報じられた、サウジアラビアの首都リヤドよりほど近い場所に、ドラゴンボールのテーマパークが建設されるという報には私も驚かされた。イスラム法でまわるあの厳格な国で、いったい悟空はどんなメッセージをさらに読み重ねられていくのだろう。

※ 坂本楽曲と鳥山まんがの私なりの技法分析がこことここで読めます

久美 薫 翻訳者・文筆家。『ミッキーマウスのストライキ!アメリカアニメ労働運動100年史』(トム・シート著)ほか訳書多数。最新訳書は『中学英語を、コロナ禍の日本で教えてみたら』(キャサリン・M・エルフバーグ著)。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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