音楽家・坂本龍一氏が昨年(2023年)3月28日、東京都内の病院で亡くなってより一年が過ぎる。「国境を越えた感動」と称えられる彼の音楽の、作曲技法書をいずれ世に問いたいと願っていたアマチュア音楽家の私は、数日遅れで公表された彼の死去の報に「ああ間に合わなかった…」という気持ちでいっぱいになった。

今年3月1日にまんが家の鳥山明氏が亡くなられていたことが、一週間置いて伝えられたときも、やはり同じ気持ちに襲われた。二人のあいだには特に交流も関係もみられなかったようだが、私のように(翻訳業の傍らながら)日本のポップカルチャー全般に関心を寄せる者にとって、両者は等しく興味深い研究対象でもあった。

たとえばスペイン・カタルーニャ州のあるマスメディアによる、アキラ・トリヤマ死去への論説。日本のメディアにも取り上げられていたので目にされた方も少なくないだろう。以下要約すると…

カタルーニャ地方は、スペイン王国のなかで数百年にわたって自立と独立を悲願としてきた。実際カタルーニャ自治州ではカタルーニャ語が公用語としてようやく認められた。しかしスペイン語の王座は揺るがなかった。

これに楔を打ち込んだのが、日本のアニメだった。子どもたちは「ドラゴンボール」に熱狂した。カタルーニャ州で放映されるにあたってカタルーニャ語で吹き替えされていた。おかげで子どもたちは家のテレビでカタルーニャ語に自然になじんでいった。カタルーニャの誇りを取り戻してくれたアキラ・トリヤマはどんな政治家よりも偉大だった。

これには苦笑してしまった。少年武闘アニメ「ドラゴンボール」が、世界のいろいろな国や地域の人びとに熱狂的に迎えられていることは、かなり前から確認してはいたが、まさかあのカタルーニャ独立運動のヒーローとして主人公・悟空が称えられ、作者トリヤマが追悼されるとは驚きだった。

「ドラゴンボール」(以下DBと略称する)を掲載していた「週刊少年ジャンプ」は、読者からの人気投票はがきをもとに掲載作品の人気順位を毎週確認し、低順位のままのものは連載打ち切りを作者に通告し、人気最上位グループに留まり続けるものは、連載を無期限に続行させるシステムを売りにしている。

「DB」の全519話(単行本にして42巻!)を通しで読みなおしてみると、最終回のつもりで作者が描いたと思われる話がいくつか確認できる。

単行本第17巻35頁より引用

まんが好きのあいだでは「もうちっとだけ続くんじゃ」という冗談フレーズがあって、これは「DB」のある話で、主人公・悟空が、花嫁の手をつかんで筋斗雲で空に飛び立っていくラストカットの左隅に、小さくこのフレーズが挿まれたことを愉快に揶揄したものだ。

あまりに子どもたち(男の子とは限らない)からの人気が高くて、作者そのひとが幕引きしたくても「ジャンプ」編集部がそれを許さない、すなわちいつまでたっても終わりが来ない(来させてもらえない)様を、そこまで作者を追い詰めた側である往年のファンたちが、このフレーズを自ら再生してメタ的に笑うのである。

そもそも「DB」(それに前作「ドクタースランプ」)の育ての親ともいえる、当時の担当編集者をして「このまんがにはテーマやメッセージなどというものはない」の意を後に公言している。「週刊少年ジャンプ」は子どもたちからの人気投票をもとに各掲載まんがの連載打ち切り、続行、それに路線変更をシビアかつ柔軟に行っている。

主人公が強敵と出会い、戦い、それを打ち倒すと、もっと強い相手が現れ、主人公の旧敵だった者たちが今度は味方として加勢してくれて、敵を倒すと、もっと強い敵が現れて… いわゆる「敵のインフレ」現象が、ジャンプのシステムではしばしば発生する。

「西遊記」を典型に、主人公とその仲間たちが、旅する先々で、強い敵や厳しい困難と遭遇してやがて解決するとまた次の場所に向かって旅を続ける冒険講談や、「南総里見八犬伝」のようにお家再興という義のために異能の者たちが結集してさまざまな敵を迎え撃つといった江戸戯作の血脈が、現代日本のジャンプ・システムの下で、ボクシングやサッカーやバスケットボールといった実在のスポーツを題材にして相承された。

そのぶん怪奇の超能力バトルめいたものに変容しがちで、連載の長期化——子どもたちに熱烈に支持されて連載を終わらせてもらえなくなる——につれて「敵のインフレ」が加速していく。

その極みが「DB」だった。カンフーの少年達人である主人公・悟空は「敵のインフレ」現象にも難なく適応を続け、やがて物語世界において子どもの流血や虐待や殺害など少年まんがの枠を逸脱していくドラマになると、ドラゴンボールと呼ばれる七つの玉を使って魔法のドラゴンを呼び覚まし、すべてをまた少年まんがの規範内に引き戻す。そしてまた物語が再スタートする。

第一話では2.5頭身の少年だった主人公は、やがて7頭身に改められ、息子をもうけ、生き別れの兄と再会しつつ一族を増やし、最終回では幼い孫娘を武闘家に鍛えつつ、また冒険に飛び立っていく。次のワールドカップが俺を待っているといわんばかりの笑顔と共に。

「西遊記」や「八犬伝」にメッセージやテーマなどというものがそもそもないように、鳥山もまた最終回までひたすら戯作者に徹した。

坂本龍一は、父親は純文学系の編集者で三島由紀夫を『仮面の告白』でデビューさせたほどの才人だった。その息子である彼もまた十代よりボードレールの翻訳や大江健三郎の小説に親しみ、やがて音楽スターになるとともに現代思想系の知識人にくわえ村上龍や中上健次といった芥川賞受賞作家たちとの交流を深めていったのは有名だ。

かつて森鴎外は「文学」を西洋から日本に持ち込み確立させるにあたって「源氏物語」の文体を模倣した。ドイツ留学組(明治の超エリート!)の彼にとって「八犬伝」のようなものは下(げ)にして戯(げ)、自分が綴るのはもっと高邁なものであると差別化を図るためであった。坂本の音楽履歴もまた、この流れを(無意識に)汲むものであったように思える。