人為的にノイズを増やすと「認知能力がパワーアップ」する⁈

豪キャンベラ大学(UC)の心理学研究チームは、先に示した神経ノイズに関する知見をもとに、「脳内のノイズを適度に増やせば認知能力が向上するのではないか」と仮説から実験を行いました(Frontiers in Neuroscience, 2023)。

この実験では、自閉症とは診断されていない一般参加者を募り、文字検出タスクを行ってもらいました。

これは色の強度がさまざまな背景に隠された特定の文字をすばやく検出するタスクであり、自閉症の人々が非常に得意とする視覚的な認知能力を測定するテストとして知られます。

チームは参加者の通常時の神経ノイズのレベルを測定し、それから自閉症の傾向がどれくらいあるかをアンケート調査で評価しました。

そして実験では、参加者の脳内の神経ノイズを直接増減させることはできないので、代わりに下図の右のように、文字の背景に視覚的なノイズを追加する方法をチームは採用しています。

Aという文字の背景に視覚的なノイズを追加した例
Aという文字の背景に視覚的なノイズを追加した例 / Credit: Pratik Raul et al., Frontiers in Neuroscience(2023)

その結果、通常時の神経ノイズが少なく、自閉症傾向も低い人は、視覚的ノイズが追加されたときに文字検出能力が上がることが判明したのです。

一方で、通常時から神経ノイズが多く、自閉症傾向の高い人は、視覚的ノイズが追加されても文字検出能力に変化はありませんでした。

これは神経ノイズが適度に高いレベルにあると、特定の認知能力が高まることを示唆する貴重な成果だとチームは述べています。

つまるところ、自閉症の人々に見られる神経ノイズの多さが、私たち一般人にはありえない驚異的な能力の秘密を握っていると考えられるのです。

映画『レインマン』のモデルになったキム・ピーク
映画『レインマン』のモデルになったキム・ピーク / Credit: ja.wikipedia

自閉症の天才を題材にした有名な映画に『レインマン』(1988)があります。

ダスティン・ホフマンが劇中で演じたレイモンド・バビットは重度の自閉症を患っているものの、驚異的な記憶力や暗算能力を持っており、トム・クルーズ演じる彼の弟がその能力を利用して、カジノで一儲けしようとするシーンがありました。

レイモンドのモデルになったのはアメリカ人のキム・ピーク(1951〜2009)という人物ですが、彼も過去に読んだ9000冊の本の内容を正確に暗記しているという驚くべき能力を持っていたそうです。

こうした”神のみわざ”とも呼べる才能の裏には、神経ノイズの多さが隠されているのかもしれません。

参考文献

Autism Can Boost Cognitive Performance, And We May Finally Know Why

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。