EU全域拡大する農民デモ
いずれにせよ、これ以後、EUのあちこちで、何百台ものトラクターを駆り出した激しい農民デモが収まらなくなったことは、日本でも報道された通りだ。特にフランスでは、「パリ封鎖」として、パリに続く高速道路にまで何百台ものトラクターが列を成した。
ちなみに「農民」というと、あたかも差別語のように思う人がいるが、ドイツに限っていうなら、「Bauer」という言葉には「農民」が一番ピッタリ来るので、私はそれ以外の言葉には訳したくない。
ドイツの農民には(おそらく日本や他の欧州の国も同じだと思うが)、地に足のついた教養、バクテリアや化学肥料についての科学的知識、品種改良についての知見、何よりも確固とした政治的な意見を持つ人たちが多い。しかも独立独歩で、「農民」であることに誇りを持っている。
また、彼らは、大地と共に悠久の時間の流れを生きてきた祖先の知恵を受け継いだ自分たちこそが、ドイツの自然を守っていると信じており、左翼に占拠されているEUの環境運動には賛同しない。彼らのE Uに対する不信感は、EUがよほど変わらない限り、そう簡単には消えないだろう。
こうして、EUに拡大した農民デモに恐れをなしたEU委員会は、24年2月初め、妥協案を出した。それによれば、ウクライナからEUに輸入される農産物のうち、鶏肉、卵、砂糖の輸入量には制限がかけられる。しかし、それ以外の物の流入には量的制限はなし。その代わりに、それらの農産物がEUで販売されないよう、特別の通過ルートを設けるというもの。しかし、“連帯の回廊”はこれまでも常にザルだったため、EUの農民連合は納得せず、デモは続いた。
3月28日、突然、ポーランドの新首相であるトゥスク氏がワルシャワで、ウクライナのシュミハリ首相と会談したというニュースが流れた。ポーランドの農民はその前週、全土で大規模デモを繰り広げ(私の遭遇したデモもこの一環)、ウクライナとの国境を封鎖するという過激な行動に出ていたため、ウクライナの首相がトゥスク首相に会談を迫ったという。
記者会見の席でトゥスク首相は異常なほど舞い上がり、満面の笑みでシュミハリ氏と腕が千切れんほどの握手をしていたが、共同声明には空疎な文面が並んでおり、目立った進展はなかった。選挙運動中に、ウクライナとの農業問題の解決を公言していた氏にしてみれば、形だけでも成功を装う必要があったのかもしれない。
ちなみに、23年12月に首相に就任したばかりのトゥスク氏は、超の付く親EU派だ。これまでの伝統派のカチンスキー政権とは違い、ポーランドをグローバリズムに導こうと張り切っている。ところが、初っ端からEUに歯向かう農民デモで面目が潰れている。農業国ポーランドで農民に反乱を起こされては、足元も崩れる。
なお、これまでEUのやってきたことは、ロシアへの経済制裁にしろ、ウクライナへの経済や武器の援助にしろ、現在のところ、自分で自分の首を絞めるだけの結果に終わっている。今回のウクライナの農産物の関税撤廃も同じで、これで東欧の農家の息の根が止まってしまうなど、あってはならないことだ。
しかし、EUのエリートの間には、独善的な綺麗事ばかりが蔓延しており、EUをこれ以上、弱体化させないために1日も早く戦争を終わらせようなどというような努力はほとんど見えない。「停戦を拒絶しているのはロシア側だ」という彼らの主張にも、私は懐疑的である。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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