90年代、テキサス州ダラスは安定した経済成長を続けるサウスウエストの都市として活気づいていた。一方で犯罪率も高く、1991年にダラスで発生した殺人事件は500件をゆうに超える。
中でも南側に位置するオーク・クリフの治安は最悪で、犯罪、売春、薬物売買の温床となっていた。真っ昼間からオーク・クリフで客を探す売春婦たちの多くが薬物依存問題を抱えていた。25ドルでセックスを提供し、薬を買ってハイになり、薬がきれるとまた体を売った。白人、黒人、ラテン系と様々な人種の娼婦がいた。
■連続娼婦殺人・眼球くり抜き事件
33歳の白人娼婦メアリー・プラットもそんな一人で、家族を捨て、オーク・クリフで体を売って得た金ですぐに薬物を買うジャンキーな生活を送っていた。
1990年12月12日、オーク・クリフの悪名高きジェファーソン・ブルバードで客を求め徘徊していたメアリーは、翌日早朝、街から少し離れた住宅街の道路脇で遺体となって発見された。ブラウスは乳房までめくれ、両手は誰かに引きずられたようにバンザイをしており、下半身はなにも身に着けておらず、股は開き、仰向けの状態で遺棄されていた。
44口径ピストルで背後から頭を撃たれており、それが致命傷だった。人通りが多く人目につく場所だったため、警察は「まるで自分が殺したことを誇示しているようだ」と眉をひそめた。
娼婦が暴行を受けたり撃たれるという事件は珍しくなかったため、現場に駆けつけた警官たちは「よくある娼婦殺人事件」だと推測した。しかし司法解剖が始まりすぐに「よくある」娼婦殺人事件ではないことが判明する。
目の色を確認しようと監察医がまぶたを開いたところ、そこにはあるはずの眼球がなかったからだ。眼球はまぶたなどを傷つけないように丁重に綺麗に切り取られており、目を閉じた状態でも眼球がないことは分からないほど。流血の痕もなく芸術的なまでに完璧に切り取られていたのだ。
遺体には精液は残されておらず、メアリーのものではない毛が数本見つかっただけ。「夜明け前に車のドアを勢いよく閉め、走り去る音がした」という近隣住民の証言はとれたが、どんな車かは見ていない。遺留品や証言には頼れないとして、地元警官たちはジェファーソン・ブルバードで体を売る娼婦たちに聞き込み捜査を行った。犯人はきっとほかの娼婦たちも面識がある可能性が高いと推測したからだ。しかし、彼女らの口から出て来るのは客の悪口ばかりだった。
何の手がかりもつかめないまま時間が過ぎ、1991年2月10日、また「目玉を切り取られた」娼婦の遺体が発見された。27歳の白人娼婦スーザン・ペターソンで、メアリーの遺体が遺棄された住宅街の人目につく場所に、Tシャツだけ着た姿で44口径で頭を3発撃たれ絶命していた。そしてメアリー同様、眼球を綺麗に切り取られていた。
遺体の側にはコンドームの空き袋が落ちており、体内に精液は残されていなかった。毛髪も残されていなかった。メアリーの殺人事件と同一犯の仕業であるのは明らかであり、警察は連続殺人事件として捜査を開始した。
全米初の「人を殺して目玉を切り取る」タイプの連続殺人にFBIも捜査に参加。「白人、30代半ば、理系の学歴がある、がっちりした体型で、地元民。警察に友人がいる可能性があり、古いピックアップトラックを運転している」とプロファイルし、「娼婦たちとは面識がある」「近いうちに再び殺人を犯すだろう」と推測した。犯人好みであろう「ぽっちゃりした白人」の女刑事に娼婦の格好をさせて覆面捜査させたり、オーク・クリフのモーテルに潜伏して怪しいピックアップトラックがないか調べた。
そんな中、メアリーが殺された夜、彼女と一緒に客に買われたという娼婦が現れた。ヴェロニカ・ロドリゲスという娼婦で「あの夜、メアリーと一緒に白髪まじりの男に買われた」という。
さらに「白いピックアップトラックに乗って郊外に連れて行かれ、3Pをして、服を着ていたらメアリーと男が口喧嘩をし始めた。男は豹変しメアリーを撃った。私は身の危険を感じて逃げ出して、半裸姿で裸足で原っぱの中を駆けた。放置されている排水管を見つけて、その中に隠れた。男は怒鳴っていた。隙をみてまた走り続けていると知り合いの家が見えてきた。ドアを叩いて助けてもらった」と証言。そんなヴェロニカの顔にはまだ癒えていない切り傷があった。
犯人に繋がるかもしれない貴重な証言だったが、警察は彼女の話を鵜呑みにしたわけではなかった。ヴェロニカは重度の薬物依存症であり、警察の間でも「平気でうそをつく札付きの娼婦」として有名だった。ハイになり幻覚を見ていた可能性は大だった。
メディアもこの連続猟奇殺人事件を大々的に報道。世間を混乱させるとして「目を切り取っている」ことは明かされなかったが、被害者については写真入りで大きく報じられた。このことで、警察は「犯人が犯行パターンを変えるのではないか」「ターゲットを”若くてぽっちゃりした白人の娼婦”から別タイプの娼婦に変えるのではないか」と懸念した。