リニアにあれほど強く反対した川勝前知事は「私はリニア推進派である」といっていた。本人がそういうのだからそうなのだろう。つまり上記のふたりの「自分はリニア推進派」という発言は、おふたりとも口では「リニアの開業は急ぐべきだ」とはおっしゃってはいるものの、川勝知事と同様のことを発言していたにすぎないと思える。

その証拠に、少なくとも有力なおふたりの公開情報によれば、リニアは静岡県民にとっては騒ぐようなことではない(騒ぎたくない?)と考えていることがわかる。静岡県知事の選挙なのだから、国が進めるリニアなどは県政の中では些末な事項と考えているのかもしれない。言い過ぎではない、彼らのHPなどを見ればそう考えるしかない。

「1年以内に(リニアの)結論を出す」と言っていた自民推薦の大村慎一氏は、HPを見てもリニアのことは、さまざまの項目に埋もれた政策の一つにすぎず、「責任をもって解決します」とはいうものの、「環境保全の万全な対策をJR東海に求めるとともに、国家的プロジェクトであることを踏まえた国の対応を求めます」とあり対話を強調しているにすぎない。

しかも前知事のときに副知事であったこの方は、「なぜ(リニアが)必要かをJR東海から聞いていない、県民への分かりやすい説明がほしい」とおっしゃっていた。副知事時代に何をやっていたのだろうかこの人は?川勝前知事と同じ穴のムジナではないか。

そうなると心の曇った私には「1年以内」という表現すら「1年間は何もしない」というように聞こえた。選挙戦終盤で岐阜の水漏れの情報に際し、早々に「1年以内」を取り消す方針変換をしたのもうなづける。

また、立民推薦の鈴木康友氏は、「大井川に水資源確保と南アルプスの自然環境の保護の両立をはかりながら推進します」とのことで、これでは何も言っていないに等しい。

はっきり言っておふたりとも、リニアに関しては川勝前知事に比べてもあまりかわりがないレベルで、正直、リニアに下手にかかわると損だとでも思っているのだろう。

静岡県の選挙であっても、これだけ世間を騒がせている国家の問題をスルーする選挙というのは何なのだろう。もし「リニアを推進する」というなら単なる対話ではなく「どう推進するのか」を前面に出し前知事との違いを明確にしたうえで意見を戦わせ、県民の支持を問うのが今回の選挙戦ではなかったのか(候補者の意見が違わなくてもいいが、推進するならするで、どう推進するかを述べて川勝知事との違いを明確にしてほしかった)。

さきほど世間を騒がせていると書いたが、今回の選挙の候補者からすれば、「騒いでいるのは静岡県以外の世間」に見えるのだろうか。それとも県民以外には不便があっても静岡県がとにかく完璧でないといけないという「静岡ファースト」の精神なのだろうか。

「静岡県はリニアの推進を妨害している」「静岡県民はなんであんな人(前知事)を知事に選んだのか」と私に言う県外の人にとっては、今も静岡県民は「静岡ファースト」の統一会派にいると思うのではないか。

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今回の問題は、個(一部県民)の権利と公(一部国民)の権利がぶつかりあったときにどちらを重要視するか、という話であり、少なくとも、リニアについては私には、JRの姿勢を見る限り、がむしゃらに進めようとはしていないように見える(確かに強く言わないと地元をなめているような節がないわけではないが、ここにいたっての今の状況は原発の安全神話のようで、不安をあおるときりがないレベルになっているように見えるので、行き過ぎた前知事の行動を修正する仕切り直しにはちょうどいいタイミングだと思うのだが)。

選挙で公の重要性を問い、住民がどう判断するかを問うてほしいのだが、今回のように争点をずらしてリニア問題に踏み込まなければ、住民の意見がどこにあるのか見えないことになる。

従前ならば、こういった場合、公をメインに個の不利益を減らすべく動くのが自民党であり、逆に個を重視し公はそれに合わせるというのが立民をはじめとする政党であろう。それらが意見を戦わせるから住民の意見が明確になる。

自民党に一定層の支持があるのは公を大事にする人が多いためだと思うが、今回の知事選挙では、様子が違う。

今の自民党は、パーティー券収入の不記載問題で委縮するあまり、国にとっては大きなことであっても、多くの「県外の生活者と接することの少ない県民にとっての、生活にあまり関係がない問題」に対して、公を主張することすらできなくなっている。その結果、自民党は公を優先する候補者を擁立できず、静岡か浜松かというだけのたいして争点の違わない有力者2名の綱引きの結果で推薦を決めるしかなくなったようだ。

少なくとも自民が推薦するならもっとリニアに対する方針や行動内容を確約させてから推薦してほしかったが、それすらできなかったのだろう(結局、自民の推薦の決め方に政策は関係ないように見えるので、結果として今回の選挙は、リニアの選択ではなく、まさしく推薦政党がどこかで決まる「与野党対決」になってしまったといえる)。

選挙結果を知らないので何とも言えないが、リニアを積極的に進めたいと言っていた唯一の横山氏の得票はどうなったのだろうか。正直、街頭で彼の話を少し見聞きしたレベルではう~んと思うものの、リニアが大事と思う有権者の意思表明ができる投票先は彼しかないということであり、もし彼の得票が多ければ、今回の当選者はこの点をしっかり考えるべきである(今の時代、どれだけの人がそういう批判票という投票行動をするのかわからないので、得票が伸びていない可能性は大きいが・・・)。

いずれにせよ、今回は、投票先の選択に迷う悩ましい選挙であった。

※マスコミは有力候補の2人の報道しかしないので、ほかの候補者がどう考えているかなかなかわからないが、NHKの選挙webでみると明確にリニア推進を主張している候補者は横山氏1人だけである。しかし、残念ながらこの候補者は、HPなどがないらしく選挙に対する主張は街頭で聞かない限りほとんどわからない。

田中 奏歌 某企業にて、数年間の海外駐在や医薬関係業界団体副事務局長としての出向を含め、経理・総務関係を中心に勤務。出身企業退職後は関係会社のガバナンスアドバイザーを経て現在は隠居生活。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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