主戦場である米国市場の特性の読み違い

 アメリカはリージョナルジェットの世界最大市場(約7割)であり、アメリカを制することが航空機メーカーとしての生命線である。アメリカの大手航空会社は「ハブ・アンド・スポーク」と呼ばれる路線形態を形成し、自社は基幹路線(ハブ)を運航し、需要が小さな路線(スポーク)についてはリージョナルジェットを運航する地域航空会社に運航委託している。しかし、大手航空のパイロット組合から見れば、地域航空への委託が増えることは自分たちの職域を侵すものにほかならない。ましてやリージョナルジェットが大型化してきたことは看過できない事態であった。そこで、労使交渉の末、スコープ・クローズと呼ばれる協定を結び、リージョナルジェットの席数、大きさを制限することになったのである。航空会社で違いはあるが、代表的なスコープ・クローズによるリージョナルジェットへの制限は「席数:最大76席」「最大離陸重量:39トン(8万6000ポンド)」である。

 三菱航空機のMRJ90(88席)は最大離陸重量39トンを超えていたので、スコープ・クローズ条項の重量制限に抵触してアメリカでは飛べない機体だった。しかし、三菱航空機は同制限は緩和されるものと固く信じてMRJ90の開発を続けた。緩和されると信じた根拠は、2000年の同時多発テロによる旅客需要急減に対応するためリージョナルジェットの活用が約2.5倍に急拡大し、この際にスコープ・クローズ制限が50席から76席に緩和されたことだった。76席から90席までの制限緩和も自然な流れと考えていたのだが、これは一方的な思い込みであった。

 世界的なパイロット不足は、もともと強かったアメリカのパイロット組合をより強い立場にし、ましてや雇用の安定に関して何のメリットもないスコープ・クローズ制限緩和は労使交渉の場で俎上にすら載せられなかった模様である。

 三菱航空機もスコープ・クローズ制限緩和がないことを悟り、2018年にはMRJ90の開発後に米国向けにMRJ70(76席)を製造し型式証明を取得する方針を打ち出した。2019年6月にはMRJの名称を、「三菱スペースジェット(MSJ)」に改称し、MRJ90を「スペースジェット M90」と改め、またMRJ70をベースに米国市場に対応できる「スペースジェット M100」(76席~88席)を外国人技術者を中心に設計し開発することを宣言した。この「スペースジェット M100」は、米国向けであると同時に日本向けにも使用可能であった。

 したがって「タラレバ」ではあるが、三菱航空機が開発の初期段階から外国人技術者を招聘し、かつ米国でのスコープ・クローズ制限緩和を当てにせずにMRJ90ではなく「スペースジェット M100」(76席~88席)で開発を始めていたならば、型式証明も一度で済み開発遅延も小さく型式証明に行き着けたのではないか。この点は惜しまれる。