<トップ画像:「チャップリン・ワールド(Chaplin's World) 」はチャップリンのすべてが分かるミュージアム>
昔から、様々な業界で有名になった人々が多くスイスを訪れたり移住したりしています。例えばエンターテイメントの世界では、女優オードリー・ヘップバーン、米国出身の歌手ティナ・ターナーなどが私の頭に浮かびます。
そして英国出身の俳優チャップリンもその一人。彼は渡米後に映画界入りし、脚本家、音楽家、そして映画監督として数多くの喜劇映画を残しました。そのため「喜劇王」と呼ばれ、現在もチャップリン映画ファンがたくさんいます。
チャップリンの映画をよく知らないという方も、黒い山高帽にちょびヒゲ、ぴちぴちのスーツにだぼだぼのズボン、そしてステッキを片手に大きなドタ靴を履いて、ペンギンのようにひょうきんに歩く彼の姿を見たことがあるのではないでしょうか。

<チャップリンの靴、ステッキ、そして山高帽>
目次
スイスで25年間暮らしたチャップリン
映画のセットの中に迷い込んだような<スタジオ>
チャップリン一家が暮らした邸宅へ
永眠後の受難...チャップリンが誘拐される?!
まとめ
スイスで25年間暮らしたチャップリン
もともと米国に在住していたチャップリン一家でしたが、1952年に映画『ライムライト』のプレミアのためロンドンを訪れていた時、米国から再入国許可を取り消されて帰れなくなってしまいます。
というのも1950年代当時、米国では共産主義やその同調者に対する厳しい取り締まりが行われていて、チャップリンも共産主義を支持しているとみなされてしまったからでした。
そこでチャップリン一家は、翌年1953年からスイス西部のコルシエ・シュール・ヴヴェイ(Corsier-sur-Vevey)という村に居を定めることになります。チャップリンは亡くなるまでの25年間をここで過ごしました。
そして時は流れ、2016年。チャップリン一家が暮らしていた場所にミュージアム「チャップリン・ワールド(Chaplin's World)」がオープン。さまざまな紆余曲折を経て、開館準備に16年もの期間を費やしました。
「チャップリン・ワールド」を一言で表現するならば、チャップリンとその作品を当時の世界情勢や時代とからめて紹介しているミュージアム。主に<スタジオ><チャップリン家邸宅><庭園>の3つに分かれています。
映画のセットの中に迷い込んだような<スタジオ>

<チャップリンが幼少期を過ごしたロンドンのイースト・ストリートのセット内を歩きます>
さっそく<スタジオ>内へ。館内でまずチャップリンに関するミニ映画が上映された後、いよいよチャップリンの世界へ!内部は大きなセットのようになっており、自分も映画の中に迷い込んだような錯覚に陥ります。

<展示物と共に撮影もでき、自分も映画に出演している気分>
チャップリンの作品がスタジオのあちらこちらでワンシーンと映像によって紹介され、映画の撮影中に自分が立ち会っているような気分にもなれます。そこではトリビアや裏話的な話もたくさん紹介されていました。

<スタジオ内は細部まで凝っており、訪れるたび新たな発見があります>