Tレックスの脳のつくりは鳥よりワニに近い

チームは今回、アウゼル氏がTレックスの脳内のニューロン数を推定するために使用した調査方法を精査し、2つのポイントから同氏の出した答えが信頼できないものであると結論しました。

まず1点目は、アウゼル氏がTレックスの脳の構造を再構築する上で、現代の鳥類の脳モデルを採用したことです。

確かに、現代の鳥類はTレックスを代表とする獣脚類という肉食グループから派生しましたが、恐竜自体は爬虫類に分類されます。

時系列としては、主竜形類のカメやワニが出現した後に恐竜が誕生したため、Tレックスの脳頭蓋の仕組みも鳥類よりワニに近いと考えられています。

こちらの図は爬虫類・恐竜・鳥類の脳の構造を比較したもので、これを見ると、Tレックスの脳はトカゲやワニの細長い脳に近いことがわかります。

上から出現した順番で、脳の構造を比較した図
上から出現した順番で、脳の構造を比較した図 / Credit: Cristian Gutierrez-Ibanez et al., The Anatomical Record(2024)

また現代の爬虫類の脳は鳥類と違って、頭蓋骨の空洞を完全に埋めるほど密には詰まっていませんし、ニューロンの密度もかなり緩いものとなっています。

加えて、鳥類や哺乳類が持っているような高い認知機能に必要される重要な回路もありません。

これを踏まえると、Tレックスの脳のニューロン数はアウゼル氏が算出した数値よりもずっと少ない上に、高い認知タスクを実行できるような機能もなかっただろうと推測されました。

Tレックスの知能は現代のワニ程度?

それから2点目の反論は、Tレックスの体サイズに関係します。

アウゼル氏はTレックスと現代のヒヒでは、脳内のニューロン数が約33億個で近似するとしましたが、たとえそうだとしても、Tレックスとヒヒとでは体のサイズがあまりに違いすぎます。

ヒヒの体重は約14キロから重くて40キロ程度なのに対し、Tレックスは7トン近くありました。

イバニェス氏によると、脳内のニューロン数は単純に体の大きさにも比例する傾向があるため、Tレックスは巨大な体で基本的な動作をするだけでも、かなりのニューロン数を必要とした可能性が高いと考えられるのです。

それゆえ、ヒヒと同程度のニューロン密度があったとしても、道具を使ったり、高度なコミュニケーションを行うためのニューロンの余裕はなかったと予想されます。

もしTレックスがヒヒと同じ知能を得たいならば、もっと多くのニューロン数が必要だったはずです。

もしヒヒと同程度のニューロン数があったとしても、Tレックスの体サイズを考えると、高い知能を得るには少なすぎる
もしヒヒと同程度のニューロン数があったとしても、Tレックスの体サイズを考えると、高い知能を得るには少なすぎる / Credit: University of Alberta – T. rex: about as smart as your average crocodile(2024)

以上の結果からイバニェス氏らは「Tレックスは現代のヒヒよりもワニ程度の知能しか持たなかっただろう」と結論しました。

またイバニェス氏は「私たちはこの研究を通して、Tレックスを見下したいわけではなく、Tレックスがヒヒの知性を持っていたと主張するのは科学的に行き過ぎた結論かもしれないと言いたかっただけです」と述べています。

しかしこちらの説が正しければ、Tレックスに狙われる動物たちにとっては良いことだったでしょう。

Tレックスが巨大で獰猛な上に非常に狡猾な生物だったなら太刀打ちできませんが、知能がワニ程度であれば、か弱い動物たちも知恵を絞ってTレックスの牙から逃れることができたかもしれません。

参考文献

T. rex: about as smart as your average crocodile

Dinosaurs’ brain size overestimated, not as smart as monkeys

元論文

How smart was T. rex? Testing claims of exceptional cognition in dinosaurs and the application of neuron count estimates in palaeontological research

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。