今から50年以上前、人類はクジラが歌うことを初めて発見しました。
それを機に、クジラにとっては「発声」こそが最も大切なコミュニケーション手段であることが明らかになっています。
特に広大な海で群れも作らずに暮らすシロナガスクジラは非常に大きな声で鳴き、何百キロも遠方まで歌を届かせることが知られています。
しかしハククジラの発声方法についてはこれまで研究でわかっていますが、シロナガスクジラのようなヒゲクジラはハククジラと同じ発声器官を持たないため、どうやって声を出しているのか不明でした
南デンマーク大学(SDU)の研究チームは今回、ヒゲクジラ類の標本を解剖することで、その謎を解き明かすことに成功しました。
またこの発声システムから考えると、ヒゲクジラたちの声は最大で約1600キロ離れた相手にも届くと予想されています。
研究の詳細は2024年2月21日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
ヒゲクジラにしかできない発声方法を進化させていた!
現生するクジラは「ハクジラ類」と「ヒゲクジラ類」に大きく分かれます。
ハクジラ類は口内に歯を持つクジラで、魚やイカを食べることができます。代表的な種はマッコウクジラです。
一方のヒゲクジラ類は歯の代わりに「ひげ板」という器官があり、それを使ってプランクトンをこしとって食べています。
代表的な種はシロナガスクジラやザトウクジラです。
これまでの研究で、ハクジラ類は鼻の奥にある弁のようなものを振動させて音を出していることがわかっていましたが、ヒゲクジラ類にはそれと同じ器官がなく、どうやって発声しているのか不明でした。
そこで南デンマーク大学は今回、オーストリア・ウィーン大学(University of Vienna)と協力し、ヒゲクジラ類の発声の仕組みを調べることにしたのです。
チームは幸運なことに、研究所の近くで座礁して亡くなったばかりのザトウクジラ、ミンククジラ、イワシクジラ(すべてヒゲクジラ類)の標本を手に入れて、新鮮な喉頭(こうとう)を解剖することができました。
そして3種の喉頭を詳しく調べた結果、私たちヒトの喉頭とはまったく違う構造を進化させていたことが判明したのです。
ヒトの喉頭には、1対の小さなピラミッド型の軟骨(=披裂軟骨)が付いており、これが声帯の動きを可能にしています。
ところがヒゲクジラ類では、この1対の軟骨が互いに融合してU字型の硬くて大きな円柱状の骨に変わっており、それが喉頭のほぼ全域を覆っていたのです。
ウィーン大の生物学者であるテカムセ・フィッチ(Tecumseh Fitch)氏は「これはおそらく、水面に浮上して爆発的に大量の空気を吸い込むときに、硬くて頑丈な気道を維持しておくためでしょう」と話します。
さらにチームはこのU字型の構造が喉頭の内側にある大きな脂肪のクッションを押す仕組みになっていることを発見しました。
そしてヒゲクジラが大きな脂肪のクッションを押しながら肺から強く空気を出すことで、脂肪のクッションが振動して非常に低周波の音が発生することを突き止めたのです。
チームによると、こうした方法で発声する生物は他におらず、ヒゲクジラ類のみで特別に進化した発声システムであると指摘しました。
では、この発声方法でヒゲクジラ類はどれくらいの音を出し、どれくらい遠くまで声を届けられるのでしょうか?