秀でた才能のある者しか入学することができない狭き門、名門音楽大学。そんなエリートたちが集う音楽大学の就職率が低いという情報が一部で話題となっている。たとえば国内最高峰とされる東京藝術大学音楽学部・大学院音楽研究科(修士)の23年3月卒業者の就職率は10~20%台となっているが(後述参照)、高倍率で難関とされる名門音楽大学の受験、そして就職の実態について専門家の見解を交えて追ってみたい。

 現在、国内には約20ほどの音楽大学、大学音楽学部・音楽学科がある。たとえば日本で唯一の国立総合芸術大学である東京藝術大学の音楽学部には、作曲科、声楽科、器楽科、指揮科、邦楽科、楽理科、音楽環境創造科などがある。たとえば楽器の演奏家を育成する器楽科は、専攻が「ピアノ」「オルガン」「弦楽」「管楽・打楽」「室内楽」「古楽」に分かれており、バイオリンなどを学ぶ「弦楽」は教育方針として「個人レッスンを中心とした弦楽器奏法の研究と演奏解釈」「オーケストラ、室内楽におけるアンサンブル能力の向上」を掲げており、カリキュラムは個人レッスンやオーケストラ演奏など実技のほか、西洋音楽史、楽譜の読み方・書き方を学ぶソルフェージュ、外国語、一般教養などで構成される。

 その入試は極めて狭き門だ。たとえば同大学の指揮科は一学年の定員が2名、作曲科は15名、器楽科はすべての楽器専攻あわせて98名。器楽科の入試倍率は例年3~4倍ほど。入試科目は器楽科の弦楽専攻の場合は専攻実技試験に加えて「音楽に関する基礎能力検査」として「聴音書き取り」「楽典」「新曲視唱」「リズム課題」が課されるほか、ピアノの実技、大学入学共通テストの成績も選考材料となる。

 一般大学と比べて学費は高い。国立大学の学納金は文科省の省令で入学金が28万2000円、授業料が年間53万5800円と定められているが、東京藝大の入学時に必要な一時金は58万3060円、年間授業料は64万2960円。ちなみに私立の桐朋学園大学の入学金は50万円、年間授業料(運営維持費、施設設備費など含む)は205万6600円にも上り、一般的な私立大学の相場である130~150万円を大きく上回る。

一般的な大学入試とは大きく異なる

 大学ジャーナリストの石渡嶺司氏はいう。

「音楽教育学科やビジネス関連の学科・専攻を除くと、入試には実技試験があります。実技試験で一定レベルにないと合格できません。入試対策も必要ですし、それ以前に幼少期からその楽器を始めていることが必要になります。幼少期から楽器を学び続け、コンクールなどにも出場するほどの実力があって当然、という世界なので、一般的な大学入試とは大きく異なる世界です」

 大手予備校関係者はいう。

「東京藝大の音楽学部の場合、高校までに各種コンクールで優勝歴もあるような全国レベルで優秀な学生のなかでも、さらに“受験すれば合格する可能性のある学生”のみが受験するので、受験自体を断念する者も多く、事実上の倍率は10倍以上とみていい。入試対策はまちまちで、東京藝大や東京音楽大学の附属の音楽高校や桐朋女子高校音楽科など難関の音高に通いながら個人レッスン、専門予備校で受験対策をするケースや、普通の高校に通いながら個人レッスンを受けて対策して合格するケースもある。よく“東京芸大の先生に個人レッスンを受けるのがもっとも近道”といわれるが、入試の選考で“レッスンを受けているかいないか”が加味されることはないものの、先生から直々にレッスンを受けることを通じて芸大がどのような物差しを持っているのか、どのような基準・価値観で学生を評価しているのかが見えてくる部分はあるだろうから、それが受験対策で有利に働くということはあるかもしれない。いずれもしても、入試対策のためにレッスンや予備校など高額な費用がかかることは覚悟しなければならない」

 もっとも、東京藝大や桐朋学園大学など一部の名門音大が高い入試倍率を誇る一方、全国では定員割れを起こす音楽大学、音楽学科も少なくない。文部科学省の「学校基本調査」の「関係学科別 学生数」によれば、1990年度には2万2053人いた「音楽」の在籍者は2023年度には1万5723人にまで減っている。

「1980年代頃までは子どもに音楽をやらせることが富裕層のステータスであったり、一般家庭でも子どもにピアノなどをやらせるという風潮があったが、1990年代前半のバブル崩壊後に日本経済が長期停滞に陥り、2008年のリーマンショックなども経て、お金のかかる音楽教育に出費する余裕がない家庭が増えた。また、近年では音楽大学卒業後の就職が厳しいという現実も広く知れ渡ったことも影響しているだろう」(大手予備校関係者)