現在、各国でとられている温暖化政策は非現実的であり、(経済的に)持続可能ではない。世界の一次エネルギー供給に占める再エネのシェアは1800年当時、薪、炭、風車、水車等で95%を占めていたが、文明の発展に従い、そのシェアは10%程度まで低下した。現在、各国は再エネのシェアを増やそうと巨額なコストをかけているが、数%ポイント上昇したにすぎない。環境派は再エネのシェアを2050年までに100%増やすことを主張しているが、米国EIAや国際エネルギー機関のレファレンスシナリオでは2050年時点でも25%~33%であり、この傾向が続けば100%に達するのにEIAシナリオでは2253年、IEAシナリオでは2153年までかかる。 温暖化は我々にコストをもたらすが、同様に温暖化政策もコストをもたらすことを忘れてはならない。気候経済学でノーベル賞を受賞したウィリアム・ノードハウスは温暖化対策の費用対効果分析を行い、温暖化のコストと温暖化対策のコストを最小化する最適温度上昇は3.75℃であるとの結論を出した(筆者注:最近、ノードハウスは温暖化や温暖化対策のコストを見直し、最適温度上昇を2.6℃に修正している) 1.5℃目標達成に必要とされる2050年ネットゼロを達成すれば2020年~2100年で年間4.5兆ドルの便益(温暖化コストの回避)が得られるが、それに必要なコストは年間26.8兆ドルに上る。これはどう考えても賢明なお金の使い方ではない。 温暖化対策に1ドル使うことで得られる便益はEUの2020年20%削減政策で0.03ドル、2050年ネットゼロ/1.5℃で0.17ドルに過ぎない。世界全体の共通炭素税が導入できれば2ドルの便益をもたらすが、政治的には実現可能性は皆無である。最も費用対効果が高いのはグリーンR&Dであり、11ドルもの便益が得られる。 温暖化対策を行う大きな理由は温暖化によって被害を受ける世界の貧困層を助けることにある。現在、世界で人の死をもたらす最も深刻な問題は圧倒的に貧困(年間約1800万人)であり、長期間にわたって発現する温暖化リスクを減じるために巨額なお金を使うよりも、現在の貧困問題及びそれに起因する問題を支援する方が重要である。 国連が2015年に970万人を対象に行ったアンケート調査では、最も重視される開発課題は教育であり、健康、雇用がこれに続いている。温暖化の優先順位は最下位であった。 コペンハーゲンコンセンサスセンターが3人のノーベル賞学者の参加を得て行った最新の分析では、1ドルを使えば、母体、新生児保護で87ドル、結核対策で46ドル、教育で65ドルの便益が得られる。その他、農業研究開発、土地保有、技能移民、電子調達、貿易、マラリア、慢性疾患、栄養、小児予防接種等で年間350億ドルつかえば、年間420万人の命を救うことができ、貧困世界を年間1.1兆ドル豊かにすることが可能である。
当然のことながら、このロンボルクの議論には環境派から激しい攻撃が加えられている。1.5℃目標達成によって得られる便益はそのための対策コストの6分の1程度に過ぎないという彼の試算には「便益を過小評価している一方、コストを過大評価している」との批判もあろう。
しかし仮に温暖化対策の費用対効果分析を見直したとしても、「世界には温暖化以外にも多くの問題があり、これを解決するにはそれぞれに費用がかかる。限りあるリソースを最も効率的に使うべき」という彼の議論の有効性は変わらない。
2015年に17のSDGが策定されたが、それを達成するためには年間5-7兆ドルかかるとの見通し(2018年時点)がある。他方、COP28で採択された結論文書には2050年までにネットゼロを達成するためには2030年までに年間約 4.3兆ドル、その後2050年まで年間5兆ドルをクリーンエネルギーに投資する必要があるとの数字が提示された。
大部分の資金需要は途上国で発生するが、それを満たせば他の開発課題に回るお金がなくなってしまう。そういう指摘を意識してか、IPCC1.5℃特別報告書等は温室効果ガスを削減すれば他のSDGにも多くのコベネフィットをもたらすとして温暖化対策の正当化に努めている。
しかし温暖化対策にはコストがかかり、所得が上がるほど温暖化対策コストへの需要度が高まることを考えれば、まず貧困問題を解決する方がはるかに有益であろう。
「温暖化防止のために高いエネルギーコストや所得低下を我慢してくれといっても国民の支持は得られない」というロンボルクの指摘は正しい。欧州において温暖化対策や環境規制によるコスト上昇に対する一般庶民の反発が強まり、6月の欧州議会選挙において環境政党が大きく後退すると見込まれているのはその証左ではないか。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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