ふたを開けてみれば下馬評通りだったのでしょう。メディアが「自民三連敗!」と書き立て、「自民は終わったな」という恣意的なコメントをタイトルに使う安物メディアに多くの方が「そうなんだ」と思いこまされている、そういう悪い影響を見ています。

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そもそも候補者を島根しか立てていないのですから表現上、1勝以上は絶対にありえないわけで良くて1勝2敗、悪くて3敗のどちらかしかないわけです。それを今更騒ぎ立ててもしょうがないのです。
鼻息が荒いのは立憲の泉代表で「選挙やろうよー」と正面切って発言しています。この方も奥行きがない人だなと思うのはこの勝利が本当に立憲の実力だったのか割引率を考慮して自分の発言ができないものか困ったものであります。
外から見る私が概括すると日本の政治はもうバラバラ。双方が批判しあい、日本全体をきちんと考え、リードする政党としての正論はなく、単に選挙に勝つという議席数だけの戦略になっています。例えは悪いですが、スーパーで購入するものが安ければ何でもよいという価格志向で品質は二の次になるのと似たような発想です。議席を埋めれば著名人だろうが、憎き相手と手を組もうが関係なしというわけです。東京15区の立憲候補者は共産党と手を組んでいるのです。それで「勝った」と言われても本当に嬉しいのか、と思うのです。
もっと極端な話をしてしまえば日本の政治が先行き不安定と思われれば日本の国力や外交にも当然影響するわけで、ならば円を売ってドルを買う動きは外からだけではなく、中、つまり国民からもその動きが出ておかしくないのです。「風が吹けば…」的な話ではありますが、今の世の中、昔のように腰が据わっていないし、応援したくなる相手が不祥事などで次々と裏切るわけですから嫌になるのは当然です。
では解散総選挙なのか、というと以前、このブログで私見を述べたように時勢に合わせて解散総選挙という選択肢は世界ではかなり異例の手法になっている点に着目すべきです。制限されている国もあるし、制限がなくても何かのきっかけで解散総選挙をまるで力の誇示のように使ったりするのは政治そのものが極めてアマちゃんで未成熟、国民を舐めていると思うのです。