「その株価が割高なのか、割安なのかを判断するにはPERやPBRといった指標を使って……」新入行員の研修で講師を務めたときのことだった。質疑応答で新人の女子行員から次のような質問を受けた。
「でも、私はどんなに割安でも嫌いな会社の株は買いたくないですし、どんなに割高でも応援したい会社の株なら買っても良いと思うんです。これっておかしいですか?」
まさかこんなことを言われるとは思ってもいなかった。なぜなら、我々が教わった経済学では、人間は合理的な判断を行うことを前提としているからだ。投資に対するセオリーだって同じである。投資家は株価が割高であれば売却し、割安であれば買う。ごく当然の合理的な判断だ。この前提が崩れてしまえば、我々が拠り所としている経済学の根幹も投資のセオリーも全て役に立たなくなってしまう。
あなたの投資がうまくいかない理由
先の新人女子行員に、私はこう答えた。「確かに君のように考える人もいるだろう。しかし、それは全体のごくわずかに過ぎない。多くの人は経済的合理性に基づいて判断する。だから例外的な考えの人がいても、それは経済全体の流れの中では無視することが出来るほど小さな事象に過ぎない」
とはいえ、銀行の金融商品販売の現場では、多くの人が経済的に合理的とは言えない行動を選択しているのも事実である。
投資信託で分配金を好む投資家はたくさんいる、無意味なナンピン買いを繰り返す投資家もいる。上昇する見込みの無い投資信託を売却できずに何年も持ち続けている投資家も実に多い。なぜ、多くの人が、このような投資行動をとるのだろうか?
その理由を理解するには、伝統的な経済学ではなく、行動経済学を学ぶ必要がある。あなたの投資がうまくいかない理由を見てみよう。
「とにかく損はしたくない」という危険な考え
行動経済学では「損失回避バイアス」という人間の心理特性がしばしば取り上げられる。「人間は同額の利益よりも同額の損失に心理的負荷を感じる」というものだ。実際に販売の現場では合理的とは言えないおかしなことがしばしば起こる。
たとえば、あなたが2つの投資信託を持っていたとしよう。
(1) 基準価額8000円で買った現在1万円の投資信託
(2) 基準価額12000円で買った現在1万円の投資信託
(1)と(2)ならあなたはどちらの投資信託を売却するだろう?
圧倒的に(1)と答える人が多いのではないだろうか。人は何かを得ることよりも、それを失うことに対する心理的な拒否感がより強く働く。2000円という金額は同じであっても、それを得るのと失う場合では、後者の方がはるかに重く感じられる。
では、失う金額のダメージと、得られる金額の満足感が釣り合うポイントはどのあたりなのだろうか。行動経済学者の研究によると、失う金額がもたらす「痛み」は、同一の金額が得られる場合の満足より2倍~2.5倍の重みがあるという。
あなたは多少の利益では満足できず、欲をかいたあまり「利益を小さく」してしまった経験はないだろうか。損失を取り戻したいとする強い想いが、かえって損失確定のタイミングを逃し、結果として「損失を大きく」広げてしまったことはないだろうか。多くの人が「損失は大きく」「利益は小さく」なるように行動してしまう背景には、損失回避バイアスが強く作用している。
人間は、もともと投資で失敗するように出来ている。そのことを理解するまで、あなたは何度も同じ失敗を繰り返すことになるのだ。
「もったいない」と思う気持ちが判断を迷わせる
「もったいない」精神は道徳的に褒められるべきであるが、投資においては最も判断を狂わせる原因でもある。いわゆる、サンクコスト効果と呼ばれるものだ。サンクコストとはもはや回収不可能なコストのことで、金銭はもちろんのこと、時間や労力もコストとして含まれる。
合理的な選択のためには、サンクコストは無視しなければならない。にもかわらず合理的選択ができないのが、サンクコスト効果である。
サンクコスト効果の代表的な例として「コンコルド」がしばしば登場する。英仏が共同開発した超音速旅客機コンコルドは、たとえ完成しても採算がとれる見通しはなく、開発途中で中止も検討された。しかし、それまでに投資した巨額のコストが無駄になるという判断で開発が強行されたのだ。その後完成し、就航したが、赤字をたれ流すばかりで、結局は廃棄されるに至った。
途中で開発を中止すれば、確かにそれまでの投資は回収できなくなる。しかし損失は開発を強行した場合よりもずっと少なくて済んだことは誰の目にも明らかだ。このほか、公共事業でも似たような事例が実に多い。
これらは、あなたを始めとする多くの投資家の行動にそっくりあてはめることが出来る。投資信託の購入に費やした資金、時間、労力。加えて投資の失敗を認めたくないというプライドも作用して、途中で判断を変えるのは困難となりがちだ。
あなたは、決して無謀な取引をしているわけでは無い。安定を求め、慎重に、そして出来るだけ損をしないようにリスクをコントロールしているつもりが、かえって損失を広げている。それが投資の世界なのだ。
文・或る銀行員/ZUU online
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