賢いはずのタコは実は「死に至る病」にかかっていた――。産卵を終えた母親タコの“自殺衝動”はどこからやってくるのだろうか。

産卵を終えたタコの「死に至る病」

 瞬時に体表の色を変えてカモフラージュしたり、水槽からいとも簡単に脱出したり、はたまたサッカーW杯の勝敗を占ったりときわめて賢い生物であるタコだが、意外なことに共食いをしたりすることでも知られている。そして驚くべきことに産卵を終えた母親タコは、卵が孵化に近づくと餌を食べなくなり、群れを離れ、岩に体当たりして自分を傷つけ、自分の腕の一部を食べたりするなどしてそのうちに死んでしまうことが確認されている。いったいどうしてなのか。

 最近になって研究者たちはこの致命的なタコの「死に至る病」を制御すると思われる化学物質を発見した。 タコが卵を産んだ後、体内のコレステロールの生成と消費に変化が起こり、その結果、ステロイドホルモンの生成が増加するという生化学的変化が起こるという。

 米ワシントン大学の心理学と生物学の助教授、Z・ヤン・ワン氏は、この変化の一部は無脊椎動物の寿命をより一般的に説明できる可能性があると述べている。

産卵を終えたタコの「死に至る病」とは? 自殺を引き起こす生化学的変化が判明
(画像=画像は「Current Biology」より、『TOCANA』より 引用)

 ワン氏は英語を専攻する学部生だったときから、生物のメスの生殖行為に興味を持っていたという。大学院に進学してからもその興味を持ち続け、卵を産んだ後のタコの母親の劇的な死に衝撃を受けたのである。

 この母タコの不可解な行動の目的はまだ誰にもわかっていない。仮説ではこの劇的な死の演出が捕食者を卵から遠ざけるという考えや、母親の死滅した身体が卵を育てる栄養分を水中に放出しているという考えが含まれている。

 おそらく上の世代から赤ちゃんを守る社会的メカニズムが働いているのだろうとワン氏は推測している。タコは共食い動物であり、年老いたタコが群れに留まっていると、生まれたばかりの小さいタコをすべて食べてしまう可能性があるとワン氏は説明する。

 1977年にブランダイス大学の心理学者であるジェローム・ウォデンスキー氏は、この不可解な行動の背後にあるメカニズムが視柄腺(optic glands)にあることを突き止めた。

 人間の下垂体に相当するこの視柄腺を切断すると、産卵後の母タコにはこの行動が起こらなくなったのだ。母タコは再び餌を食べ始め、さらに4~6か月間生きられることが確認された。これは1、2年ほどしか生きないタコにとっては驚くべき“延命”である。

産卵を終えたタコの「死に至る病」とは? 自殺を引き起こす生化学的変化が判明
(画像=画像は「Pixabay」より,『TOCANA』より 引用)