互いに高め合った審判員たち

ハンドの反則が疑われる場面で「ボールの回転が変わっている」と、VAR役の審判員が判定の根拠となり得る事実を述べる。最小限かつ的確な言葉のやり取りで、スピーディーに最終判定を導き出そうという気概が、トレーニング中の各審判員から窺えた。

VAR役による、海外サッカーの試合映像のレビューが終わった後には、フィールドの審判員役によるフィードバックが行われる。レビューの手順に問題は無かったか、無駄な言葉のやり取りが無かったか。これに加え、「ポッシブル・オフサイド」や「APP」の声出し(映像へのタグ付け)のタイミング・頻度は適切だったか、より良い映像選定や映像の流し方(通常速度なのかスロー映像なのかなど)はできなかったのか。これらを厳密にチェックすることで、審判員たちが互いに高め合っていた。

2023 FIFA女子ワールドカップ VAR 写真:Getty Images

模擬試合でのVARトレーニングも

海外サッカーの試合映像を用いたトレーニングのみならず、JFA夢フィールド内での模擬試合を通じたVAR研修も行われた。

同施設のグラウンドで行われる模擬試合をフィールドの審判員たちが捌き、VARやAVAR役の審判員が別室でこの試合の映像をチェック。実戦さながらの無線交信をしていた。

この日の夕方には、模擬試合でのVARチェックへのフィードバックや、審判員たちによるディスカッションが実施されている。今2024シーズンよりJFA審判マネジャーJリーグ担当統括に就任した、元国際審判員の佐藤隆治氏が本ディスカッションの司会を務めた。


西村雄一氏 写真:Getty Images

伝わってきたVARの緊迫感

筆者にとって印象的だったのは、ペナルティエリア内における決定的な得点機会の阻止(Denying an Obvious Goal Scoring Opportunity、通称DOGSO)で、ある主審が反則を犯した守備側チームの選手にレッドカードを提示した場面だ。

現行のサッカー競技規則ではDOGSOに該当する場面でも、反則地点がペナルティエリア内であり、その選手がボールにプレーしよう(正当にアプローチしよう)と試みたと判断できる状況では、レッドカードではなくイエローカードが提示されることになっている。これは相手にPKを与えたうえに一発退場、さらに次試合出場停止の三重罰を緩和するための規定だが、今回の模擬試合ではボールへのプレーを試みたはずの選手に、レッドカードが提示されていた。

審判員の名前は伏せるが、Jリーグの担当経験が豊富なこの主審、実は競技規則を失念したわけではなく、VAR役審判員のトレーニングの一環として、わざと判定ミスを犯している。VAR役審判員が、この明らかに間違った判定について主審にオンフィールド・レビュー(※)を進言できるか。この場面ではこれが試されていた。

最終的には正しい判定にたどり着いたものの、この模擬試合でVARを務めた審判員は緊張のあまり、的確な言葉を発せず。佐藤隆治氏も当該審判員をフォローしていた。

「VARやAVAR役は緊張したと思います。実際に、すごく緊張したと言っていました。(無線交信時の)声を聞いても分かります。(その模擬試合で主審を務めた、経験豊富な)〇〇さんがそんな間違いを犯すわけがないと(笑)。こうした前提で入るので、どうしたら良いのだろうとなる。でも、間違えることは(誰にでも)あるんです」

「最終的な判定は正しいです。(オンフィールド・レビューのために)主審も呼べています。判定の正確さという面では良い。じゃあどうしたらこの時間(判定にかかる時間)を速くできるか。VARやAVARがどんなサポートをすれば、何を改善すればオンフィールド・レビューまでの時間を短縮できるでしょうか」

(※)VARの提案をもとに、主審が自らリプレイ映像を見て最終の判定を下すこと。


佐藤隆治氏 写真:Getty Images