新たな2文字をDNAの中に紛れ込ませて酵素を騙す
カリフォルニア大学の研究者たちも以前から、4文字システムから脱却するために人工拡張遺伝情報システム「AEGIS(イージス)」と呼ばれる仕組みを使って、新たな2文字を追加する試みを続けてきました。
AEGISは、地球外生命体の検出の可能性を高めるためにNASAの支援のもとに開発され、自然界のDNAには存在しない新しい人工的な塩基を導入することで、遺伝情報のアルファベットを拡張する仕組みです。
この試みは上手く機能し既存の4文字「A・T・G・C」に加えて新たに人工的に合成された2文字「B・S」を含む6文字システムのDNAを作成することに成功しました。
ただ6文字システムを新たな遺伝情報とするには、いくつか解決すべき問題がありました。
その1つが、DNAと酵素の関係です。
DNAに記された設計情報は膨大であり、特定のタンパク質だけを作る時には対応する設計情報の一部分だけを、mRNAと呼ばれる部分写し図に書き写されるのです。
たとえば細胞全体を巨大なビルだとすると、全体の設計情報の記載は何十個もの大きなスパコンを連ねた状態で保管されていると言えるでしょう。
○○階の✕✕部屋の情報が欲しいというときに、大きなスパコンをいちいち現場に引っ張っていくのは現実的ではありません。
そのため細胞には、必要な部分の情報だけを写し取る役割を持った酵素「RNAポリメラーゼ」が存在しています。
RNAポリメラーゼは設計情報の一部を書き写すための、印刷機と言えるでしょう。
しかしこれまでの研究では、AEGISによって作られた6文字システムがRNAポリメラーゼによってどのように認識されるかは、詳しく解っていませんでした。
そこで今回カリフォルニア大学の研究者たちは、細菌からRNAポリメラーゼを抽出し、6文字システムのDNAとの総合作用をテストしました。
すると、RNAポリメラーゼは、新しい2文字「B・S」を他の自然な4文字と同じように扱っていることが判明します。
また転写の際に非対称性を示し、Bが選択的に鋳型中のSの反対側に組み込まれSとUは鋳型中のBの反対側に効果的に組み込まれることも確認できました。
さらにRNAポリメラーゼが6文字システムのDNAに付着するときの様子を調べたところ、自然な4文字システムと同じであることも判明しました。

この結果について研究者たちは「私たちの合成塩基対「B・S」はレーダーに隠れてRNAポリメラーゼの行うプロセス(部分写し)に入り込むことができる」と述べています。
これは、自然界に存在しない塩基対が、生物の基本的なメカニズムに組み込まれる可能性を示唆しています。
酵素を騙して部分写しが順調にいったことで、次は部分写しに基づいてアミノ酸を組合わせてタンパク質を作る段階へと実験ステージを移すことができるでしょう。
研究者たちは「わずか 4 文字で地球上の生命がどれほど多様であるかを考えると、さらに2文字を追加できた場合に何が起こるかという可能性は魅力的です」「遺伝暗号を拡張すれば、研究室で合成できる分子の範囲が大幅に多様化し、治療薬にもなるデザイナータンパク質を作れるようになります」と述べています。
また比較的現実的な方法としては、研究室内で作られた人工生命体のDNAを6文字システムとすることで、研究室の外で生きられないようにすることなどがあげられます。
6文字システムを完全に使いこなす人工細胞を作るにはまだ多くの時間がかかるでしょうが、実現すれば地球生命と根本的に異なるアミノ酸を利用した、新たな生命体を想像できるようになるでしょう。
参考文献
Enzymes Can’t Tell Artificial DNA From the Real Thing
元論文
A unified Watson-Crick geometry drives transcription of six-letter expanded DNA alphabets by E. coli RNA polymerase
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。