酵素を騙して潜り込めます。
米国のカリフォルニア大学(UC)で行われた研究によって、自然では4文字しかないDNAを6文字に拡張する試みが行われました。
この新たな人工塩基対システム「AEGIS」は従来の4文字「A・T・G・C」に加えて新たに2文字「B・S」が加えられています。
また研究では新たな人工塩基対システムが細胞内の酵素「RNAポリメラーゼ」に自然なDNAと同じように認識され、騙せることが示されました。
研究者たちはプレスリリースにて「わずか 4 文字で地球上の生命がどれほど多様であるかを考えると、さらに2文字を追加できた場合に何が起こるかという可能性は魅力的です」と述べています。
今回はまず「そもそもなぜDNAは4文字なのか?」といった疑問や拡張された6文字システムの利点について解説し、次ページ以降では今回の研究成果について紹介したいと思います。
研究内容の詳細は2023年12月12日に『Nature Communications』にて公開されています。
なぜDNAは4文字なのか?
生物学の授業で初めてDNAについて学んだとき、そのシンプルながらも複雑な構造に驚きを覚えた人も多いでしょう。
一方で「なぜDNAの塩基がA・T・G・Cという4種類なのか?」と疑問を持った人もいるかと思います。
実際、DNAが4文字システムを採用し続けている理由は、長い間、科学者たちの頭を悩ませてきた疑問の一つです。
DNAが4文字なのは絶妙なバランスの結果

近年の研究では、DNAのこの4文字システムは、実は驚くほど絶妙なバランスの上に成り立っていることが明らかになってきました。
生命が自身の設計図として使う物質は、まず安定性が求められます。
簡単に分解してしまう不安定な物質ではそもそも遺伝情報を保存することはできませんし、複製時に間違いが多発するような物質も不適格です。
ですがそれでいて、生命の設計図には適度な「エラー率」も求められています。
生命の進化は設計図のエラーによって推進されるからです。
もし完全に安定し、ミスのない複製が行われる物質を「設計図」としてしまったのなら、私たちは今も海の中で単細胞生物として暮らしていたでしょう。
DNAを構成する4文字は「完璧すぎない精度を持つ自己複製システム」という無理難題を乗り越えるために採用されたと言えるでしょう。
またこの4文字システムはシンプルでいながら、生命の多様性を生み出すのに十分です。現在地球上で確認されている生物種は175万種ですが、実際には哺乳類や鳥類、昆虫、顕花植物、細菌をはじめ500~3000万種の生命が存在してると推定されています。
地球の初期には10文字や20文字、さらにはもっと多い文字数を使った生物が誕生していたとしても、現存していないことから、4文字システムを採用する生物との生存競争に敗れてしまったのでしょう。
(※ウイルスはDNAではなくRNAを遺伝子としますが、RNAによる設計図も4文字システム「A・U・G・C」となっています)
4文字システムは何十億年という超長期にわたり生命を維持し進化させるための最適解だったというわけです。
ですが逆を言えば、4文字システムは最適解であっても、4文字システムでなければダメなわけではありません。
そこでDNAの基本構造が解明され「A・T・G・C」の4文字システムが明らかになった直後から、研究者たちは追加の文字を加えられる可能性について多くの検討を行ってきました。
というのも、4文字システムからの脱却は多くの利点があるからです。
4文字システムに新たな文字を加える利点

現在の地球生命は4文字システムを使い、およそ20種類のアミノ酸を使用して自身の体を構築しています。
また4文字システムで認識できるアミノ酸の種類は、最大でも64種類となっています。
(※アミノ酸は3つの文字の組み合わせで識別されるため、4文字システムは4×4×4の64種類が理論上の最大値になります)
一方、6文字システムに拡張することができれば、使用できるアミノ酸の種類の最大値を216種類(6×6×6)まで増強させることが可能となり、既存の生物が選びたくても選べない新たなアミノ酸を、生命の材料として指定することが可能になります。
実際、生命が採用していないアミノ酸の中には特定の金属と強く相互作用したり、特殊な光活性を持つアミノ酸など、医薬品としても有用な「生命に効く」ものが含まれていることが知られています。