日本新聞協会の30条の4改正要望

著作権侵害訴訟が多発する米国とは対照的に日本ではまだ訴訟は提起されていない。代わりに30条の4の改正要望が日本新聞協会(以下、「新聞協会」)から出されている(2023.10.16 文化審議会著作権分科会法制度小委員会 資料1参照) 。しかし、この要望は以下の理由で時期尚早である。

第1にエビデンスとしてあげている侵害の主体は米国のプラットフォーマーである。

新聞協会は侵害の実例として、「有料会員限定のコンテンツをもとに作成した回答」、「コンテンツを盗用する海賊版サイトの記事から作成した回答」などを紹介しているが、いずれも侵害しているのは米国の生成AI事業者(以下、「プラットフォーマー」)である。プラットフォーマーは利用規約で著作権侵害の救済を求める場合、米国の裁判所で米国法によって争うことを定めている。著作権者には利用規約の適用はないが、機械学習が米国で行われるかぎり、米国法が適用される。

第2に米国の状況を検証することとなく30条の4を改正することは、国内の生成AI事業者を競争上不利な立場に追いやり、プラットフォーマーを利することになる。

新聞協会は、10月16日の文化審議会著作権分科会法制度小委員会で委員からの「30条の4のただし書きに該当するのであれば、改正は不要ではないのか」などの質問に答えて、「相手がプラットフォーマーなので、ある程度強い権利を確保する必要がある」と回答した。

しかし、この主張はお角違いである。上記のとおり、プラットフォーマーに対する著作権侵害訴訟には米国法が適用されるので、まず米国の権利者同様、米国法が適用される米国の裁判所でプラットフォーマーを訴えるべきである。それをせずに日本法を改正しても国産生成AI事業者の足を引っ張るだけ。技術力、資金力で劣る国産生成AI事業者は日本語に特化した生成AIで対抗しようとしている。そうした事業者を縛り、日本法が適用されないプラットフォーマーが漁夫の利を得る、「弱きをくじき」、「強きを助ける」逆効果を招きかねないからである。

第3に諸外国の状況も検証する必要がある。

10月16日に開催された文化審議会著作権分科会法制度小委員会の資料4「生成AIに関する各国の対応について」は、日本、EU、アメリカ、ドイツ、イギリスと欧米中心に紹介している。確かにドイツ、イギリスのように非営利目的の機会学習に限定する国に比べると営利目的での利用も認める日本は機械学習に好意的といえる。

この表には漏れているが、シンガポールは要注目である。6月に早稲田大学知的財産法制研究所(RCLIP)が開催した「第1回US-Asia国際著作権シンポジウム[人工知能と著作権法]」で発表したGavin Fooシンガポール知的財産庁・著作権部長によると、シンガポールはフェアユースをすでに導入ずみだったが(上表参照)、2021年の著作権法改正で日本同様、営利目的での利用も認める個別権利制限規定も追加したからである。

米国で変容的利用であれば認められるフェアユースについては上表のとおり、アジア諸国も相次いで導入しているので、欧米以外の諸外国の状況の検証も必要である。

以上、まとめると30条の4を改正するには、米国の状況やアジア諸国の状況を十分検証する必要がある。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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