目次
「禍福は糾える縄の如し」の類義語
 ・人間万事塞翁が馬
 ・沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
まとめ

「禍福は糾える縄の如し」の類義語

「禍福は糾える縄の如し」とはどんな意味?その由来や類義語は?
(画像=『FUNDO』より引用)

最後に「禍福は糾える縄の如し」の類義語を見てみましょう。
類義語としては、「人間万事塞翁が馬」「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」などがあげられます。

人間万事塞翁が馬

「人間万事塞翁が馬」とは人生において一見不運に思えることが幸運に繋がったり、またその逆だったりするのでどんな結果を呼ぶか分からないということを例えた言葉です。
そのため、1つの事を見て安易に喜んだり悲しんだりと一喜一憂してはいけない、という教訓的な意味合いでも用いられます。

この言葉は、古代中国でまとめられた思想書『淮南子-人間訓』に登場する話から来ています。

その昔、中国の北端の国境近くに占いが得意な老人が住んでいました。
ところがある日、彼が大切に飼っていた馬が逃げ出してしまいました。
それを聞いた、老人の親しい友人や知人はみんな同情しました。

しかし、老人は「これは幸運が訪れる印だよ」と言いました。
そして、その言葉通り逃げた馬は立派な馬を連れて帰ってきたのです。

そこで、みんなが祝福すると今度は「これは不運の兆しだ」と言いました。
その後、しばらくすると彼の息子が老人の馬が連れてきた馬から落ちて、足の骨を折ってしまったのです。

またみんなが同情すると彼は「これは幸運の前触れだ」と続けました。
なんとこの後、戦争が起きたのですが、老人の息子は怪我を負っていたおかげで戦争に行かずに済んだのでした。

吉事が起きたと思ったら悲劇が、悲劇が起きたと思ったら喜ばしいことが起きたというこの話から「人間万事塞翁が馬」という言葉は生まれました。
「塞翁が馬」とも表現されるこの言葉も、座右の銘としても心に留めている人が多い言葉となっています。

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり

「禍沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」とは、長い人生のうちには悪い時もあれば良い時もあることの例えとなる言葉です。
悪いことばかりが続くものではない、という意味合いで使用される傾向にあります。
逆に良いことばかりが続くものではない、という戒めとしても使用されることもあります。

人生は幸不幸が順繰り巡ってくるものであるということを指す言葉となります。

まとめ

「禍福は糾える縄の如し」は、幸不幸が縄のように絡み合っており、それぞれが巡ってくることを言った言葉です。
だからこそ、物事にいちいち一喜一憂すべきではないという意味で使用されることもあります。

この言葉は、類義語にあたる「人間万事塞翁が馬」と同じく座右の銘とあげられることのある言葉となっています。

提供元・FUNDO

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