グローブ内で爪が剥がれてしまう理由

過去の調査によると、2002〜2004年に報告された船外活動中のケガ352件のうち、実に47%が手に関するものと判明しています。

加えて、その半数以上が爪のケガでした。

どうして爪のケガが多くなるのでしょうか?

最も大きな原因は、ガスで加圧されたグローブがタイヤのように膨らんで硬くなってしまうことです。

そのせいで、宇宙飛行士の手指には継続して強い圧力がかかり、締め付けられることで血流も滞ります。

クルーたちはその状態で長くて6〜8時間も船外作業を続けなければなりません。

すると手指の血液循環が乱れ始めて、爪を支えている組織がダメージを受け、やがて指の肉から爪が離れて浮き上がってしまうのです。

この症状を「爪甲剥離症(そうこうはくりしょう:onycholysis)」と呼びます。

爪甲剥離症の一例
爪甲剥離症の一例 / Credit: DernNet(2020)

さらに宇宙飛行士たちはそんな爪が浮き上がったまま作業を続けなければならないので、グローブ内に引っかかったりして爪が完全に剥がれてしまうこともあるのです。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)が2010年に発表した研究では、232人の宇宙飛行士から報告された手のケガを調べたところ、22名が少なくとも1度は爪甲剥離症を経験していました(Aviation, Space, and Environmental Medicine, 2010)。

さらに研究チームは、宇宙服のグローブが手指の関節の可動域を制限し、強い圧力をかけることで、血流の減少・組織の損傷・爪の剥離が起きやすくなることを確認しています。

また、グローブには手指を暖めるヒーターが備わっているにもかかわらず、宇宙飛行士たちは以前から「船外活動中に指先が冷たく感じることがあった」と報告することがありました。

この現象については長らく謎のままでしたが、おそらく手指の血液循環が阻害されたことが原因と考えられています。

次世代スーツで「手のケガ」を解消できるか?

NASAが使用する宇宙服は40年以上前から更新されておらず、宇宙飛行士たちの手のケガの問題も解消されてきませんでした。

しかしNASAとアメリカの宇宙インフラ開発会社のAxiom Spaceは今年3月、来たるアルテミス計画に向けた次世代型宇宙服「AxEMU」を発表しました。

次世代の宇宙服「AxEMU」
次世代の宇宙服「AxEMU」 / Credit: SciNews – Axiom Extravehicular Mobility Unit (AxEMU) spacesuit(youtube, 2023)

黒とオレンジのシックな色を基調としたAxEMUは、今までの大柄なスーツに比べて非常にスリムで、柔軟性や安全性、着心地の良さに長けているといいます。

さらに全身にわたって可動域を大きく向上させているという。

まだ実用されてはいないものの、この次世代スーツにより、船外活動での手のケガがなくなるかもしれません。

実はロストテクノロジー化していた宇宙服!月面探査に向け40年ぶりに新型へ更新!

参考文献

A Horrifying Thing Happens to Your Fingernails After a Walk in Space

The Worst Part of Going to Space? Your Fingernails Come Off

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。