GAFAMのような世界的企業が生まれないのはWinny事件の影響なのか

 Winnyを悪用する人が後を絶たなかった結果、開発者の金子氏まで逮捕されることになった。いくら良質なソフトを開発しても逮捕されるリスクがつきまとうため、開発者が二の足を踏むようになったという見解もみられる。開発者に厳しいことが露呈した日本だが、こういった経緯から囁かれ始めた「GAFAMのような企業が生まれないのは、Winny事件のような事件が起こる土壌が原因」という見解は的を射ているのだろうか。

「金子氏のような開発者が捕まるような日本だから、日本から世界的IT企業が誕生しなかったという見方は少々強引だと考えています。その理由は2つあります。

 1つは、Winnyが非合法なファイル転送を匿名で行うことを幇助することを目的で設計されている可能性が高いことです。Winnyの特徴は暗号化されたファイルを細かく分割し、ネット上のさまざまな端末に分割保管。ダウンロードする際には、分割データを様々な端末から取得して結合されます。ユーザーは、どの端末がどのデータに関与しているかを知る由もありません。開発前後の背景や金子氏の書き込みなどを振り返ると、著作物を公衆向けに送信する『公衆送信権』の侵害を避けるための工夫です。一度アップロードしたファイルはWinnyのネットワークから削除できないなどの問題もあり、合法的な使用を想定していたとは考えにくい部分が多い。当時、非中央集権的な分散共有の仕組みも登場し始めてましたが、匿名性に強くこだわった設計には意図を感じざるを得ません。

 世界的IT企業が登場しなかったのは、当時の社会的な構造としてボトムアップでのアイディアが採用されにくい問題があったことのほうが影響としては大きい。Winnyが世に出た頃を振り返れば、大企業が支配している既存のビジネスが極めて大きく支配的な一方で、IT技術をはじめとする新しい要素技術やサービスの研究開発も、大企業のビジネスモデルを拡張・発展させる方向に向いていました。社会全体が、それまでに存在していなかった発想を受け入れにくい構造だったことは否めません。“非中央集権的”な考え方や“分散型ファイル共有”といったアイディアそのものは有益ですが、金子氏が開発したWinnyはそうした先進的なアイディアを売り込んでいた訳ではありません。優れたアイディアも、提案のやり方次第で社会からの受け入れられ方が異なるのは当然ですから、いずれにしろ投資対象にはなりえなかったでしょう。

 一方で、アメリカはかつての産業・社会の構造的問題を乗り越え、1990年代半ばから大企業が取り組むにはまだ小さい産業だったパソコン向けソフトを出発点にベンチャーが勃興し、IT技術で発展することで国力全体が高まり、ベンチャー投資や育成へのノウハウや社会的な受け入れ体制も整って行きました。その結果、GAFAMのような世界的企業が誕生しましたが、国ごとに異なる歴史をWinnyと結びつけるのは論理の飛躍が過ぎると思います」(本田氏)