ダゲスタンは北カフカス地方とカスピ海の間にあるロシア連邦を構成する共和国の一つ。首都はマハチカラ。人口約318万人(2021年)の約94%がイスラム教徒だ。パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍がガザを空爆し、地上軍を導入してハマスの壊滅に乗り出し、多数のパレスチナ住民も犠牲となっていることが伝わると、ダゲスタンのイスラム教徒の中にイスラエル憎悪、反ユダヤ主義が高まっている。ただ、同国には1500人のユダヤ人しか住んでいない(「タゲスタンの反ユダヤ主義暴動の背景」2023年11月1日参考)。反ユダヤ主義的言動をぶっつけるユダヤ人が少なくとも周囲にはいないのだ。

アウシュビッツ強制収容所のあった東欧のポーランドには戦後、ユダヤ人はほとんどいなくなったが、同国はその後も欧州の中で反ユダヤ主義傾向が強い国だ。タゲスタンやポーランドの例は、反ユダヤ主義が生まれ、拡散するためにはユダヤ人の存在有無は大きな要因ではないことが分かる。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいなくても、その地、国に反ユダヤ主義が生まれ、時には暴動や騒動が起きるのだ。当方はその現象を「反ユダヤ主義の亡霊」が存在する証明と考えている。

欧州で見られる反ユダヤ主義の背景には、キリスト(メシア)を殺害した民族というキリスト教的世界観もあるだろう。最近では、中東・北アフリカから欧州に入ってきた難民による「輸入された反ユダヤ主義」も大きい。イスラム教国出身の難民は生まれた時から家や学校で反イスラエル、反ユダヤ主義を学んできているから、欧州に住むようになってもその反ユダヤ主義が消え去ることはない。そのほか、極右派グループにはネオナチ的な反ユダヤ主義が潜んでいる。一方、極左の間には反ユダヤ主義的というより、反イスラエル傾向が見られる、といった具合だ。

そして看過できないのは、反ユダヤ主義の亡霊の働きだ。国際テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」が現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

当方はこのコラム欄で「ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っている。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ」と書いた(「欧米にビンラディンの亡霊が出現した」2023年11月18日参考)。亡霊や悪霊の業を理解できなければ、国際政治の動向を正確に分析できない時代圏に入っているのだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年11月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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