今年もひと月ちょっとを残すだけになり、一年の総括の話題が相当出てくるでしょう。その中で多くの人にとって極めて印象的だったのが大組織の壊滅的問題とその対処が聞き手にとって納得いかないものだったという点かと思います。

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ジャニーズ、ビッグモーター、日大、旧統一教会、宝塚にみられるその謝罪と聞き手とのギャップについて考えてみたいと思います。

日大と宝塚にみられる共通点は「大麻使用認められず」「いじめやハラスメントは認定できず」と要となる問題認定について否定した点です。聞き手は他のニュースソースから「何かあったのであろう」と推測しており、当然それを認め、謝罪し、対策を提示するという手続きを期待しています。

ところがそれを否定されると聞き手は端から「この会見は何を隠している」と疑惑の感情が入ります。そこにいる記者はもっと明白な疑念をペンに託し、散々な内容の記事を仕上げます。それを読む一般大衆は更に「ひでぇな」という確信的感情を植え付け、悪循環に陥ります。

日大の場合は副学長の不可解な行動、宝塚の場合は宙組62人のヒアリングを一人35分から6時間越えの幅で行っているのに4名だけがヒアリングを拒否した点が問題です。ヘアアイロンを押し付けられた点も「劇団では日常的にあること」で片づけてしまった上で「いじめは認定できず」というロジックは成り立たないのです。

6時間もヒアリングをされた人がいたということは相当な情報量なり嫌疑なり調査を要する内容があったもののと思慮します。そして4名が明白に拒否をしたということはヒアリングの状況を仲間内から耳にした上での判断でしょう。いわゆる保身です。