YouTuberになると客観性が育つ理由

人前でプレゼンをする、記事執筆、セミナー講師以上にYouTuberは客観性が育つと思っている。ここからはその理由を話したい。

世間で考えられている以上にYouTuberはとてつもなくシビアである。内容がどれだけ良い動画でも、タイトルやサムネイルの引きやSEOが弱ければそもそも見てもらえない。よしんば見てもらえたとしても、冒頭の10秒で「見る価値がない」と思わせたらほとんどの視聴者は即離脱して永遠に戻ってくることはない。またどれだけ話が素晴らしくても、服装や部屋、照明や音声に難があれば聞いてもらえない。最初に数本いい動画を出せても、次の1本の中でたった一言、愚かな発言をして信用を失えばせっかくチャンネル登録してくれた人も波が引くように消えてしまう。

筆者は様々なビジネスをしてきたが、正直、これほどシビアなビジネスはないと思っている。初期の頃は数分間音動画でも再生維持率は20%前後しかなかったが、今では30分、40分の長尺動画でも平均40%以上維持できている。

これは話の技術を学んだだけでなく、撮影して編集した後日、お客さんの視点で何度も何度も自分の動画を見直して「前置きが長過ぎる」「たとえ話がわかりにくい」「音声が聞き取りにくい」といった問題が確認されたら、もう一度とりなおすこともある。そうした小さな改善を膨大に積み上げることで、「最後まで見てもらえる動画」になる。自分は今のトークができるまで3年間以上かかった。

セミナー講師や記事執筆もやってきたが、YouTubeほど厳しくはない。セミナー講師なら、フェイス・トゥ・フェイスで代金を払って参加してくれているので必然的にエンゲージメントは高くなる。記事執筆はマイクの音声や服装、部屋の内装、話し方や声質の要素を排除できるので、純粋に文章力だけで勝負できる世界だ。

その点、YouTubeは評価項目基準が他の媒体と比べ物にならないほど多い上に、質が低ければ残酷なまでに低い評価がデータに反映される。YouTubeは心を病みやすい要素は否定できない。それ故に真剣にやれば客観性が育つ。支持されない動画には必ず改善点が数多くあるからだ。

自分はYouTuberになってから劇的に話し方が向上したと感じる。リアルの場でのコミュニケーションで、結婚式やお葬式で挨拶をする時は上手だと言われることが増え、ビジネスコミュニケーションでは結論から話し、事実と意見を明確にわけ、主張根拠を必ず添えるように無意識にできるようになった。どんな話し方、どんな振る舞いをすれば、相手は話をちゃんと聞いてくれるのか?自分は相手からどのように映っているのか?こうした客観性が育つ、それがYouTube活動なのである。

 

■最新刊絶賛発売中!

[黒坂 岳央]のスキマ時間・1万円で始められる リスクをとらない起業術 (大和出版)

■Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

■YouTube動画で英語学習ノウハウを配信中!

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?