遺伝子の変異と進化論の問題点

一応の説明として、遺伝子に突然変異が起こり、その中で生息環境に適する変異を起こした種だけが生き残り、その過程を繰り返すことで結果的に「進化」が起きるのだという考えがある。

しかし、遺伝子の変異は普通、長い塩基配列の中で全く無差別に確率論的に起きるので、大半の変異は致命的である(微生物を用いた実験で分かっている)。数百〜数千以上の塩基配列からなる遺伝子の中で、たった1個の塩基が挿入または欠損するだけで、その箇所以下のアミノ酸配列は全然違ってしまうからだ(フレームシフト変異と呼ばれる)。

また、動植物のように複雑な組織体の場合、一つの器官あるいは機能に関与する遺伝子は多数あるのが普通なので、進化に遺伝子変異が影響するとしても、結果的に「良い」方向への変異が起こる確率は、かなり小さいと予測される。つまり、悠長に「遺伝子の変異」を待っているだけで、ヒトの場合、お猿に近い状態から直立歩行に適した四肢の発達や脳体積の増加は起きるのか?と言う疑問は晴れない。基本的に獲得形質(親が生きている間に獲得した能力等)は子に遺伝しないことになっているので。

だから「ヒューマニエンス」やその他の自然系番組において「ヒトを始め生物はその環境に適するように進化してきた」と簡単に言われるけれど、事態はそれほど単純明快ではないのだ。

それに、2018年の話だが、米国政府の遺伝子データバンクにある500万以上のDNAと、10万種以上の生物種のDNAを徹底的に調査した結果、驚くべきデータが出てきたのだ。それは「ヒトを含む地球の生物種の90%以上は、地上に現れたのがこの20万年以内だと結論される」という内容だったからだ。恐るべき、衝撃的な結論だ。進化論が崩壊する・・。

Sweeping gene survey reveals new facets of evolution

これまでの定説は、太陽系・地球が46億年前に誕生し、35億年前頃に最初の生命が誕生し、そこから徐々に「進化」して現在に至る、と言うものだった。人間ですら、遡れば400万年前に祖先が現れたとされていたのだ。

ところが上記の研究結果では、地球上の生物の90%以上は20万年より前への遺伝子的な繋がりがない、つまり地球のほとんどの生物は20万年前以降に出現したことになる。

現存する数百万種以上の多様な生物が、ほぼ全部この20万年以内に出現したとすると、その分化の速度は恐ろしく早いことになる。なぜ、そんなことが可能になるのか・・?

有名な「カンブリア爆発」は、約5億4200万年前から比較的短期間に今日知られている動物の「門」が突如、全部出揃ったとされる現象だが、これとの整合性はどうなる・・?

私自身は、進化論と言う説をあまり信用してなくて、あの進化系統図なるものも、単に見つかった化石を古い順に並べただけじゃないの?と言う感を拭えなかったので、進化論が崩壊しても痛くも痒くもないが、進化・分化の謎が一つも解けていない事実は変わらない。

それは本稿前半に書いたように、細胞・遺伝子レベルから「進化」を考えると、以前に書いたタンパク質のアミノ酸配列選択の順列組み合わせ計算と同様、とてつもなく長い時間がかかりそうだからだ。遺伝子時計の概念を用いると、僅か20万年では、とても足りそうにない。つまり、生命の謎は、発生から進化に至る多くの段階で、未解明のままなのだ。

偏向する科学報道と生命の謎への畏敬

実は、今回この話題を取り上げたのは、この件に関する日本語報道が全然なかったからだ。科学メディアにも出ていない。もう5年も経っているのに、これは、どうしたことだ・・?

気候変動問題に対する報道が偏向していることは私もアゴラで何度も述べたが、最近、それを裏付ける論文も出た(気候ジャーナリズムは壊れている 新たな論文が明らかにした困った偏向報道)。しかし報道の偏向は気候変動問題に限ったことではなさそうだ。

上記の、生物学上の大問題もそうだし、福島第一原発でのALPS処理水の海洋放出に対する議論の取り上げ方もそうである。報道の大半はIAEA包括報告書を完全に正しいことを前提としているが、原子力市民委員会が公表した見解を読むと、その前提は相当に揺らぐ。この見解をまともに取り上げた報道を私は見たことがないが、非常に真面目に真摯に書かれた文書だと思う。心あるジャーナリストは、なぜこの見解を取り上げて議論しないのだろうか?

本稿を書いた動機は二つある。一つは、前半に長々と書いたように、生命というものが如何に不思議で謎に満ちた存在であるかをもっと広く知っていただきたかったこと、つまり科学的に真剣に考える愉しさと、常識に逆らって考える困難さ、さらに「生きていること」の不思議さ大切さ、つまり生命の貴重さを、実感して欲しかった。

それと、報道の多くが物事の上っ面しか捉えず、しばしば政治的その他のバイアスのために偏向することがあり得るので、それを見抜くためにも真に科学的な思考が重要であると訴えたかったからである。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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