温暖化対策は進展するのか

IEAのビロル事務局長は「ハマス・イスラエル戦争は世界のクリーンエネルギー転換を加速させる。現在の世界情勢を考えれば石油やガスが安全で確実なエネルギ―源でないことは明らかだ。中東は世界の石油輸出の3分の1を占めており、ホルムズ海峡を通る石油供給ルートに途絶が生じればエネルギー価格は更に急騰し、脆弱な世界の経済成長予測を悪化させる。1970年代の石油危機は自動車の燃費向上や原発の建設をもたらした。仮に石油供給途絶が生ずれば、政府や消費者の関心はクリーンエネルギーオプションに向かうだろう」と述べている。

しかしウクライナ戦争に加え、ハマスのイスラエル攻撃という地政学上のリスクが温暖化対策の進展を促すとの議論はやや楽観的に過ぎるように思われる。最近のIEAは新型コロナの時もウクライナ戦争の時も「クリーンエネルギー転換を進める千載一遇の好機」として温暖化対策の前進をプッシュしているが、現実には世界のCO2排出量は増大を続けている。

ハマス・イスラエル戦争は11月末からドバイで開催されるCOP28の合意形成に暗雲を投げかける可能性がある。エネルギー価格の高騰が多くの政府の関心を温暖化防止よりもエネルギー安全保障に向かわせることはウクライナ戦争の際に経験済みである。

COP28議長国UAEのアル・ジャベル議長は9月の中東アフリカ気候サミットにおいて「ゲームチェンジ的な進展をもたらすため、ファクトとフィクション、リアリティとファンタジー、インパクトとイデオロギーを峻別し、分断の陥穽に陥ってはならない」と述べており、ハマス・イスラエル戦争の最中にあっても温暖化アジェンダを前に進めようと努力するだろう。

しかしハマス・イスラエル戦争が激しさを増せば、同じ中東地域で開催されるCOPにおいて温暖化問題だけを切り離して前に進めることは決して容易ではない。

懸念されるダブルスタンダード批判

そもそも温暖化防止は1990年の冷戦終結と国際協調ムードの高まりの中で存在感を上げてきたアジェンダであった。懸念されるのはハマス・イスラエル戦争においてイスラエルを明確に支持する西側諸国に対して「ウクライナ侵攻を続けるロシアを非難し、経済制裁を続ける一方でガザへの攻撃を続けるイスラエルを擁護するのはダブルスタンダードだ」というグローバルサウスからの批判が見られることだ。

グローバルサウスによるダブルスタンダード批判は温暖化防止の分野でも存在する。もともと温暖化問題は南北対立の要素が非常に強い。

近年、西側先進国は1.5℃目標達成を重視する観点から化石燃料フェーズアウト等を唱道しているが、これに対して「化石燃料を思う存分使って豊かな国富を築き上げ、今日に至るまでの温室効果ガス蓄積に歴史的責任を有する西側先進国が、今になって温暖化防止を理由に途上国の経済発展に必要な化石燃料利用、化石燃料インフラ建設に反対するのは身勝手な価値観の押しつけである」というグローバルサウスからの反発が高まりつつある。

ウクライナ戦争によって生じた西側諸国とロシア・中国等の権威主義国家の分断、温暖化防止をめぐるグローバルノースとグローバルサウスの対立に加え、ハマス・イスラエル戦争をめぐって西側諸国のダブルスタンダードに対するグローバルサウスの反発が高まれば、西側諸国主導の国際秩序の変更を企図している中国、ロシアにとっては好都合となろう。

そして中国、ロシアはG20の場で1.5℃目標、2025年全球ピークアウト、化石燃料フェーズアウト等、西側先進国が主導するアジェンダに水をかけてきた主体でもある。

エネルギー安全保障と地政学が密接不可分であり、エネルギー問題と温暖化問題がコインの裏表である以上、温暖化問題が地政学を切り離せると考えることはあまりにもナイーブである。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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