すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸 福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

もっとも重要な論点は「公共の福祉に反しない限り」である。個人の幸福追求の権利はフランス革命をはじめとする近代市民革命のなかで極限まで推し進められたが、それが社会的歯止めを逸脱し暴走するに至るといかなる地獄が現出するか史実に照らしても明白である。

ところが、この長文の判決文には、特例法3条1項4号の無効を結論付けるにあたって、なぜそれが「公共の福祉に反しない」のか、ただのひと言も言及がないのである。3人の判事の反対意見のなかでもこの点は全く触れられていない。

本判決の意味する最大のところは、法令上の性別の取り扱いは性自認に従ってなされるということである。これは極めて重大な社会的影響・法制の変革をもたらすものであり、公共の福祉とのバランスを実現しうるのか。私は大きな懸念をもつ。

混乱が生じる可能性は極めて低いとか存在してもごく小さいなどの言い方が判決文の随所に出てくるが、単なる安直な現状延長に基づく怪しげな論説によく見かけるトリック論法を思わせ、最高裁判所の判決文としてはいかがなものであろうか。15人の最高裁判所判事の頭のなかはマイノリティの権利擁護の方向にしか開かぬ回転ドアのように思われる。

性に関する「常識」の変容を日本人がいかに整合的に受容するかは、十分な時間をかけて国民一人一人が考え議論していくべきことであると思う。国民の意思形成が最も重要であり、公権力はみずからの立場を弁え、性急な受入れや一方的な現状変更を督促すべきではない。

今回判決の影響は遠からず、「戸籍法」に及ぶことはほぼ間違いない。日本の戸籍の性別は生物学的な性別に立脚しているからである。「法的性別は自認によって自由にえらぶことができる。社会はそれを認めなければならない。であれば、戸籍法は違憲である。「すべからく廃止せよ」という主張が必ず出てくるだろう。

立法府の心ある議員諸氏、また、行政府の見識ある官僚諸氏よ、全身全霊をもって戸籍法の護持にあっていただきたい。言うまでもないが、世界で唯一の家族単位の日本の戸籍制度は日本の社会的安定性を担保する最大の礎であるのだから。

長島 直哉 経済産業省 関東経済産業局登録 マネジメントメンター。大手メガバンク関連会社部長職退職後、人材派遣会社・経済産業省関東経済産業局等に「顧問」登録、中小・中堅企業向け顧問業務(経営支援・業務支援)に従事。

 

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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