ここでなまじ経験と情報を持っている商社を入れれば日本政府や防衛省の「世間知らずの要望」を飲まなくならなければならない。

対して単なる「工場」である重工をプライムにした方が遥かに扱いでしょう。

共同開発機関の本部はイギリスに置く方向で調整が進められているとも読売新聞は報じていますが、同紙はその理由として「イギリス企業が日本企業より技術的に勝っている部分が多いと指摘されており、イギリスに本部を置くのが妥当と判断したとみられる」としています。

イギリス政府はテンペストの開発・製造コストを抑えるには、イギリスの航空防衛産業がこれまで以上に生産性、効率性、持続性を向上させる必要があるとして、産業界にさらなるイノベーション(技術革新)などを求めていました。

BAEシステムズやロールス・ロイスなどの企業や研究機関がテンペストの開発のために結成した「チーム・テンペスト」は、イギリス政府の要求を充たすべく、出来る限り紙の図面を使用せずにコンピュータ上で設計作業を行い、試験も可能な限り現実世界とコンピュータ上の仮想空間を融合させた「XR」(Extended reality/拡張現実)におけるシミュレーションで行う「デジタルエンジニアリング」を活用し、既存の戦闘機よりも製造行程を自動化する方針を明確にしていました。

BAEシステムズはその方針を実現するため、2020年に同社の航空機開発・製造の拠点であるランカシャー州ウォートンへ、テンペストの開発・製造を行う「インダストリー4.0」ファクトリーを開設しています。

数百万ポンドを投資し、40社以上の企業や学術研究機関の協力を得て先進的製造技術を集約したこのファクトリーはデジタルエンジニアリングを活用する設計・開発施設と製造工程の自動化に寄与する産業用ロボットを取り入れており、テンペストのコンセプト形状の設計と試験は、デジタル空間上で行われています。

BAEは先を見据えた投資をしてきました。また世界中に戦闘機や練習機などを販売してきて、どのような需要があり将来何が必要かわかっています。無論ユーロファイターやその単戦闘機の近代化も数多く手掛けています。レオナルドも同様です。

対して井の中の蛙の重工はこのような経験も先進的な技術もありません。ぼくはユーロファイターの工場も見学しましたが、多くの新しい技術が導入されているのを見てきました。

重工同様に航空自衛隊も大概アレです。実戦経験がないことはおいておくにしても、要求が奇天烈だったりします。そして戦闘機という火の出る玩具を偏愛して、兵站やバンカー、弾薬備蓄などに無関心です。このような世間知らずの空軍もどきが、これまた世間知らずの重工の戦闘機開発まかせてまともなものができるわけがありません。

その意味では英国が日本をアンダーコントロールの状態に置いたほうが、共同開発が済むずに進むでしょう。既にBAEはレオナルドとは深い協力関係にありますから意思疎通は容易です。

前出の読売新聞の記事は、「日本国内で機体を組み立てるには大型の施設を整備する必要があり、政府は、国内の生産体制の検討も急ぐ方針」であると報じていますが、単に大型の施設というだけでなく、デジタルエンジニアリングや3Dプリンター製部品の活用など、これまでの国産航空機とはまったく異なる思想に基づいた生産施設と体制を構築する必要があると思いますし、それらの技術では確実に日本(とイタリア)をリードしている企業の多いイギリスに新戦闘機の共同開発期間の本部を置くことは合理的であると筆者は思います。

今回英国と組んだことはもう一つメリットがあります。これが米国と組んでいたら、対米国に対するバーゲニングパワーという面で損失です。英国と組むことで米国を牽制する材料にもなります。それは前回のFXのときにもぼくが指摘していたことです。

次期戦闘機に関しては、実機がどのようになるかは分かりません。もしかすると失敗するかもしれません。ですがパートナーを英国に選んだ防衛省と空自の選択はその時点そして、現在でも最適解だったと思います。これによって我が国の航空業界も米国から期待できない多くの技術移転も期待できるでしょう。

【本日の市ヶ谷の噂】 陸自の共通戦術装甲車では同軸機銃に米国のブッシュマスター7.62ミリチェインガンを採用。今後10式戦車や16式機動戦闘車にも採用される予定なるも、既存車の同軸機銃が換装されるかは不明、との噂。

編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2023年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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