低迷するオフィス・小売施設向け融資
なんと言っても非常に大きな懸念要因が、アメリカの大都市オフィスにはコロナ勃発前のピーク比で、約半分の勤労者しか戻ってきていないという事実でしょう。
アメリカに限らず先進国ではどこでもそうですが、知名度の高い企業はいったん契約して入居した床面積を契約の途中で縮小したり、もっと賃料の安いビルに移転したりしません。
床面積圧縮や賃料の安い別のビルへの転居は経営不安をささやかれたりするので、安く他の企業にまた貸しをしてでも一応約定どおりの賃料を払いつづけます。ただ、実際に契約で確保したとおりの床面積を必要としているかというと、まったく別です。
次のグラフと表の組み合わせは、オフィス警備の大手企業が自社の管理下にあるビルでどの程度の人員が入館証を使っているかを調べた数字です。
ご覧のとおり9月中旬の2週間は10大都市圏の合計でかろうじて過半数となっていたのですが、9月最終週にはまた5割を割りこんでしまいました。中でも眼を惹くのがシリコンバレーの中心都市であるサンノゼ都市圏の復帰率が40.7%と最低だという事実です。
生成AIブームをはやして、S&P500採用銘柄の中でもとくに時価総額の大きい「マグニフィセント・セブン」が健闘していますが、ほんとうに生成AIがらみの企業は業績が上がっているのか、疑問となるほど低い数字です。
とにかく、現状ではアメリカの主要都市圏のオフィス床のほぼ半分は過剰ストックとなっていると見ていいでしょう。すぐに空室率や賃貸料の数字には出てこないかもしれませんが、オフィス床賃貸借契約を更改するたびに徐々にその深刻さが顕在化すると思います。
そのオフィスといい勝負と言えるほど開発業者の資金繰りが悪化しているのが、かつては小売施設中の花形だったモール開発向け不動産担保付証券の延滞率です。
一見まだ延滞率が6%に達していないオフィスのほうが、すでに7%に達しているモールよりはマシのように感じます。
ですが、モールはコロナ騒動当初のロックダウンやワクチン接種証明なしには公共の場所に立ち入れないといった制約で延滞率が10%台半ばまで上昇してから、落ち着きを取り戻しつつある状態です。
また、極度に治安の悪化した立地のモールの閉鎖や規模縮小もあり、総床面積の圧縮で需給の均衡を取り戻す方向への変化も出ています。
それに比べて、オフィスはコロナ騒動初期にまったく何もなかったように低い空室率と低い延滞率が維持されていたあと、最近になって入居テナントの実働人数が空洞化している実態が明らかになってきた状態です。
今後問題がより一層深刻化するのはオフィス開発向けの不動産担保証券でしょう。
住宅ローン案件の激減も悩みのタネアメリカの住宅産業は新築住宅の販売や受注生産1戸に対して中古住宅の売買が3~4戸というほど、中古ストックの流通が大きな役割を果たす産業です。そのアメリカで今、中古住宅の売りものが払底して仕方なく新築市場がにぎわっています。
理由は単純で、現在自分の持ち家を売って新しい住宅に買い替えようとすると、買う物件は全額即金で払う用意がない限り、負担するローン金利は従来払っていたローンに比べて2~3倍になるという事実です。
銀行および金融業界全体にとってこの事実は非常に大きな意味を持っています。比較的安全で、比較的高金利で長期にわたって貸しておける融資先の規模が劇的に縮小するからです。次の2枚組グラフは、もうその影響がはっきり出てきたことを示しています。
現在の住宅ローンその他もろもろの住宅取得費用総額の中央値が所得中央値に占める比率は、サブプライムローン・バブルのピークだった2006年より高くなってしまったのです。
絶対に家を持てるはずがない人にまでサブプライムと称するローンを押し付けて、すぐ債務不履行させて担保の家を取り戻しては売り直すという、雲助というより山賊のような商売をしていた頃より、現在のほうが住宅ローンを受けて家を買うことの負担は重いのです。
下段にその結果が出ていますが、住宅ローン申請受理件数を指数化したデータは、受理件数がほぼ30年前に当たる1990年代半ばの水準まで下がっています。
アメリカの個人世帯は他にもいろいろ重いローンを抱えているため、ここまで負担が大きくなった住宅ローンを新しく組んで家を買い替える人の数は激減するでしょう。
現在ローンを30日以上延滞している金額の総融資残高に対する比率は、住宅と自動車がともに7%台前半でトップ争い、クレジットカードローンが3%弱で離れた3位、そして学費ローンは1%前後でまったく動かず最下位となっています。
でも、これはとても欺瞞に満ちた数字です。コロナショック対策の一環として、緊急事態が持続するかぎり学費ローンの返済は棚上げにしても延滞扱いしないことになりました。だから、あの騒動が起きた時点で既に延滞していた人たちだけが今も延滞状態にあるのです。
しかも、民主党政権はおそらくできないとわかっていながら、学費ローンの全額免除(いわゆる学費ローン徳政令)が発布されるかのような印象を有権者、とくに若年層の民主党支持者たちに振りまいていました。
ですから、学費ローンの支払いを棚上げにしてきた人たちの中には、いずれ返済が再開されるのに備えて貯蓄したりせずに、生活費として遣ってしまっていた人も多いのです。ちょうど今年の10月から学費ローンの返済が再開されることになっています。
学費ローン返済の再開は玉突き的に他のローンの支払いを困難にして、全体としてアメリカ国民の債務総額を半強制的に絞りこむ方向に作用するでしょう。ますます金融業界にとって困難な景況になるということです。
その中で株だけが高すぎるこうしてアメリカ経済の実情を見てくると、アメリカ株はあまりにも高いという印象が強まります。次のグラフはアメリカの主要な株価指数の中でもとくにハイテク大手の組み入れ比率の高いナスダック100株価指数と、アメリカの10年国債一般の価格指数を比べたものです。
今年の2月頃までは両者が似たような動きをしていました。しかし、3月以降はナスダック100が上げ、米国10年債のほうが下げと、明暗がはっきり分かれています。
ナスダック100は、去年1年続いた低迷を脱して2021年末から22年年初にかけての史上最高値をうかがう動きなのに対して、同じく2021年末には165ドルしていた米国10年債価格は112と、かろうじて110ドル台を維持しているだけで精いっぱいの印象です。
問題は、アメリカ株全体がこれほど強いのか、それともハイテク大手を中心とした時価総額の大きな一握りの銘柄だけが引っ張っている相場なのかということです。
私は、後者だと思います。しかも、収益性も成長性も高いハイテク大手はもうあらゆる尺度で見てとうてい買えないほど割高な一方、大きな株価指数に採用されている銘柄の大部分は割安ではあるけれども収益性も成長性も低くて買えない状態です。
それなのに買われつづけてきたのは、ハイテク大手がさすがに割高過ぎるとの認識が高まると低収益・低成長の割安銘柄のシフトし、その展望のなさがわかるとまたハイテク大手に戻るという循環物色が続いていたからでしょう。
ですが、さすがに買えない銘柄はどう味付けしても買えないことがはっきりしてきました。次の2枚組グラフがそのへんの事情を示しています。
上段では、Fedが公式見通しから「景気後退」の可能性を排除した時期が今年のピークで、その後着実に下げ足を速めていることがわかります。
下段を見ると指数全体として年初来11.3%の総合収益(値上がり益+配当収入)をあげましたが、その大部分は上から1割の大型株の総合収益23.0%に依存していました。単純平均ではマイナス0.84%と若干の損失、採用銘柄内の小型株だけを取れば2.35%のマイナスでした。
金融山脈の中で米国債という巨峰が崩壊したあとは、S&P500などのインデックス投資教信者のお布施で成り立っている主要株価指数の割高さが狂暴な売り圧力にさらされる番でしょう。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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