筆者は「2023年はESGや脱炭素の終わりの始まり」と考えていますが、日本政府や産業界は逆の方向に走っています。このままでは2030年や2040年の世代が振り返った際に、2023年はグリーンウォッシュ元年だったと呼ばれるかもしれません。実際にはCO2を1グラムも減らさないのに企業が「CO2削減」「実質CO2ゼロ」と称することが許される炭素クレジット利用が今年から急拡大しそうな気配だからです。

今年大幅に改正された「省エネ法」は多くの企業に関連します(令和4年度の特定事業者等は12,009者)。象徴的な改正内容が法律名の変更に表れています。以前は「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」でしたが、これが「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律」(太字は筆者)へと変わりました。

非化石エネルギーへの転換の具体的な施策として、各事業者が全エネルギー使用量に占める非化石エネルギー比率を算出した上で、将来の目標を設定し毎年実績値を国に報告することが義務付けられました。非化石エネルギー比率の分子には太陽光発電や証書由来の電気が含まれます。再エネ証書や非化石証書由来の電気使用量が増えれば非化石エネルギー比率も増えるため、法律が事業者に対して証書購入を推奨していると言えます。

また、2022年よりGXリーグが始まり、2023年10月に東京証券取引所がカーボン・クレジット市場を開設します。国がつくった排出量取引市場であるため多くの事業者が参加すると見込まれています(参加者は2023年9月19日現在188者)。

そしてこの9月に東京都知事からとんでもない条例改正案が都議会に提出されました。

新築住宅への太陽光発電義務付けを条例化した東京都が、今度は大幅な脱炭素を工場やオフィスなどの事業所に義務付けする条例改正案を提出してきた。

大規模事業所については大幅なCO2削減率を義務付け、中小規模事業所に対しては、達成基準を定めて脱炭素の計画の提出を求めるものだ

(中略)

排出権取引制度一つをとっても、国の排出権取引と都の排出権取引の両方をしなければならない、というのは不合理である。

(中略)

事業所は、CO2排出権、再生可能エネルギー証書などの「証書」を購入して目標を達成することになるだろう。この場合、以下の疑問が生じる。

第1、その費用負担は幾らになるのか。事業所の重荷になるのではないか。

第2、現実の高いCO2削減費用は高いのに対して、証書の値段は格安であることが多いが、これはあたかも「免罪符」のごとく、見せかけのCO2削減にすぎないからだと言う批判がある(グリーンウオッシュと呼ばれる)。これにどう対応するのか。

第3、そのような形で事業所に追加的な負担をさせること、それを東京都の事業所だけに突出して実施させることに、いったい何の意味があるのか。金銭的な負担を強要するだけで、事業所におけるエネルギー利用の実態としては何も変わらないことになる。

省エネ法の対象はエネルギー使用量が原油換算で1,500キロリットル以上の大規模事業者です。1,500キロリットル未満の事業者はほとんどがオフィスや中小零細の事業者であり、CO2削減計画の策定や排出量取引を課すなど正気の沙汰とは思えません。なぜ省エネ法が1,500キロリットル以上の事業者を対象としているのか、都知事はご存じなくても都の環境部局員であれば分かっているはずです。

もしもこの改正が通った場合にどうなるか。都内のオフィスや零細事業者は省エネ投資や再エネ導入など手間もお金もかかるCO2削減ではなく、すぐに解決できるクレジット取引へ殺到します。そしてそのクレジットの原資は都の排出量取引(つまり都内のCO2削減量)だけでなく、規模としては全国民が支払ってきた再エネ賦課金によるクレジットの方がはるかに巨大で安価です。実際には東京都のCO2排出量が全く減らないのに「CO2削減」「実質CO2ゼロ」と称して都の規制を逃れる事業者が続出します。これは致し方ありません。

このように省エネ法、カーボン・クレジット市場、自治体の条例などが重なれば、企業は自主的な選択ではなく半ば強制的に炭素クレジットを利用させられることになります。

しかしながら、2022年11月にエジプトで開催された気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)で国連専門家グループから出された報告書で炭素クレジットの利用について厳しい指摘がありました。