新しい運動模倣薬がマウスをマラソンランナーに変化させる

バリス氏らチームが研究を続けている運動模倣薬は、「SLU-PP-332」という新しい化合物です。

この薬は、筋肉、心臓、脳などの重要な代謝に関係する体内のタンパク質グループ「エストロゲン関連受容体(ERR)」を標的にします。

ERRは実際に運動することで活性化するものの、薬で活性化させるのは難しいと考えられてきました。

ところが、研究チームは2023年3月の論文で、ERRを活性化させるSLU-PP-332の設計に成功したと報告。

SLU-PP-332を投与したマウスは心筋と運動能力が向上
Credit:Canva

しかもこの薬を投与した正常体重のマウスは、未投与マウスよりも70%長い時間走り続け、45%遠くにたどり着くことができました。

SLU-PP-332が投与されると、マウスの身体はマラソンしたかのように反応し、心筋や運動能力が強化されたのです。

バリス氏も、「この化合物は、持久力トレーニング中に見られるのと同じ変化を起こすよう骨格筋に指示する」と述べています。

マウスの普段の運動量に変化はありませんでしたが、身体だけは、屈強なマラソンランナーへと変化していました。

そして最新の報告によって、SLU-PP-332は、マウスの脂肪を減らす点でも効果的だと判明しました。

食事量と運動量を変えずに「メタボなマウスの減量」に成功

バリス氏らの最新の研究では、脂肪燃焼の観点でSLU-PP-332がテストされました。

肥満マウスに1カ月間1日2回薬を投与し、未投与のマウスと比較したのです。

その結果、投与されたマウスは未投与マウスに比べて、脂肪の増加が10分の1に減少し、その過程で体重が12%も減りました。

マウスたちは同じ量のエサを食べ続け、運動量も変わらなかったにも関わらず、投与マウスの脂肪はより燃焼していたのです。

SLU-PP-332を投与で、運動した時のようにマウスの脂肪が燃焼する
Credit:Canva

バリス氏は、「彼らは生きているだけで、より多くのエネルギーを消費します」と述べています。

またそのメカニズムについて、「マウスをこの薬で治療すると、全身の代謝が脂肪酸を使うようになります。これは人間が絶食したり運動したりしている状態と非常によく似ています」と付け加えました。

新しい運動模倣薬は、マウスにおいて、投与するだけで運動効果である心筋や身体機能の強化と脂肪の燃焼をもたらすのです。

まるで夢のような薬ですが、気になるのはやはり副作用です。

研究チームによると、今のところ重篤な副作用は発生していないようです。

とはいえ、ヒト臨床試験に入るまでに、さらに多くの動物モデルで副作用の有無を確かめる必要があります。

また研究チームは、SLU-PP-332を注射ではなく錠剤として利用できるよう構造を改良したいとも考えています。

将来、運動模倣薬が減量中の人や高齢者の健康をサポートするかもしれない
Credit:Canva

このような運動模倣薬のメリットは、最近の減量薬のように食欲を低減させたり、消化を阻んだりしない点にあります。

人々はしっかりと食事で栄養を吸収し、運動機能を高めたり維持したりしながら、脂肪だけを減らし、さらに筋力低下を防ぎ体力もつけられるかもしれないのです。

研究チームも、筋肉が減少しやすい減量中の人や高齢者への投与が特に効果的だと考えています。

さらに彼らは、SLU-PP-332が心筋を強化することでマウスの心不全を治療できるという証拠も得たようです。

これより運動模倣薬は、糖尿病や心血管疾患のリスクを低下させる可能性を秘めているとも言えます。

またそれが健全かどうかは疑問ですが、将来、人間が「食事制限も運動もせずにスポーツマンのような身体を手に入れられる」時代が到来するのかもしれません。

いずれにせよ、今後の進展に大きく期待したいものです。

参考文献
Exercise-mimicking drug sheds weight, boosts muscle activity in mice
Drug that mimics exercise triggers weight loss and builds lean muscle
元論文
A Synthetic ERR Agonist Alleviates Metabolic Syndrome