そしてそのエネルギー危機の前線にいて、価格高騰と供給危機を実感しているドイツ産業は、こぞって国外逃避を始めている、という姿が上記のアンケート結果に表れているのではないだろうか。実際、こうした事態を背景にして、IMFはG7国の中で唯一、ドイツの2023年GDP成長率がマイナスになることを予想していて、かつての「欧州の病人」の再来がささやかれ始めている。

そうした中にあって、ショルツ独首相は、夏休み前のテレビインタビューで、こうしたドイツ産業経済への懸念を司会者から向けられても、楽観的な態度を崩さず、「明るい未来が待っている」として、「国民は自信をもって落ち着いていればよい。」と繰り返していたということである注7)。

以前筆者は、第二次大戦末期を描いた「ヒトラー~最後の12日間」という映画(2004年)を見たことがある。

その中で、帝国首都ベルリンが連合軍に包囲され、もはや陥落間際という危機的状況の中で、ブルーノ・ガンツ演じる総統ヒトラーが、地下の司令部にこもり、ドイツ軍と政権幹部たちを相手に「諸君、恐れることはない!西部戦線に展開している〇〇将軍(名前は記憶にない)の果敢な戦車部隊が、電撃的な勝利を挙げながらたちまちベルリンの守備を固めに来るだろう!」といった言葉(筆者の記憶なので正確ではないが)を叫ぶ姿が強く印象に残っているのだが、上記を聞いてこのシーンが思い起こされた。

極右の独裁者ヒトラーと社会民主党中心のリベラル連立政権のショルツ首相は、まるで正反対の存在なので、連想するのは大変失礼かとは思いつつも、危機に直面しての国の主導者の態度として、不思議と似ていないだろうか・・。

欧州は歴史的なターニングポイントを迎えているのか?

筆者は先日、欧州を訪問した際、かねてからの知人で顕学の、ある英国人国際政治・地政学者と懇談する機会があったのだが、彼は現在の欧州情勢を極めて憂慮するとともに、欧州が歴史的な転換点に来ているかもしれないと言っていた。

EU統合を実質的に牽引してきたのは英仏独の3か国であるが、今や英国はEUから離脱し、フランスは内政分断とアフリカ情勢の混乱からEUどころではなくなっており、そして経済の雄ドイツがエネルギー政策の自滅的な誤りから再び「欧州の病人」に陥ることで、EU統合の求心力は急激に失われてきていると指摘。

その一方で、ロシアによるウクライナ侵攻で火のついた欧州の地政学の重心は、バルト海を囲んで、欧州北方海域の安全保障を握るポーランドと、新たにNATOに加盟するスウェーデン、フィンランド(いずれも強力な軍備を持つ)の3か国に移っていくのではないかというのである。

特にポーランドは(ウクライナと共に)欧州最大級の陸軍力も保持する一方で、カーボンニュートラル政策については欧州の劣等生と見られてきた反面、潤沢な国産石炭による安価・安定的なエネルギー自給が当面の間可能であり、加えて近年は原子力導入にも積極的なため、ドイツに代わる欧州域内の産業立国としての潜在力を持ち始めているというのである。

仮に同氏が言うように、かねてからエネルギー政策で英仏独とは異なる立場を主張してきたポーランドや、最近になって左派政権から右派政権に政権交代が進んだスウェーデンとフィンランドが、欧州内で発言権を持つようになってくるとすると、従来の中道左派リベラル政権を中心として進められてきた欧州政策の風向きは、今後次第に変わっていくのではないかという見立てである。

そうした大きな文脈で見ると、目下進行中のドイツのエネルギー危機と脱産業化の波は、欧州のみならず世界的な地政学にも、地殻変動をもたらす契機となる可能性を秘めているということで、注視していく必要があるのかもしれない。

注1)JETROビジネス短信 (2023年6月14日) 注2)JETROビジネス短信 (2023年6月2日) 注3)実際にはドイツ産業にはもう一つ、構造的な労働力供給の危機もあるのだが、話が長くなるので本稿ではエネルギー危機に限って論じている。 注4)出典:ドレスデン情報ファイル 注5)「BASFコスト削減で2600人削減へ」(Bloomberg 2023年2月24日) 注6)その辺の経緯は、以前も拙文「ドイツ産業の皆さん、日本へようこそ」(アゴラ言論プラットフォーム 2022/08/24)で紹介した。 注7)川口マーン恵美「ベンツ、BMW、VWが“ドイツ脱出”・・世界有数の優良企業がドイツ国内から次々と逃げ出す残念過ぎる理由」(PRESIDENT Online 2023/09/15)

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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