リアルの歩行が、バーチャル空間につながる近未来
――ここからは、新しい領域の取り組みについて伺います。昨年5月には「リアルとバーチャルを行き来する」コンセプトのキャンペーンを実施しましたね。
菊川:昨年5月のキャンペーンは、「リアルで購入したシューズをバーチャルの中でも履いてもらおう」と考えて実施しました。VR空間プラットフォームのDecentraland(ディセントラランド)で使えるデジタルデータのNFTを、シューズの購入者に無料で贈呈するという試みで、現在も継続しています。

Decentralandで、ORPHEのスマートシューズを着用したアバター
菊川:リアルとバーチャルの双方で同じシューズを履く経験は、非常に新鮮で楽しいものでした。バーチャル空間で活動することが当たり前になれば、“空間の中をしっかり歩きたい”というニーズも高まるのではないでしょうか。
そうしたニーズが高まれば、シューズの見た目を変えるだけではなく、センサーで取得したリアルの動きをバーチャル側に送る、といった新しい使い方も生まれるだろうと考えています。
――“リアルの動きをバーチャルに送る”点では、今年の4月にスマートシューズを活用してゲームを作る取り組みを発表しましたよね?
菊川:はい、スマートシューズ用センサーの次世代機(ORPHE CORE3.0)を、センサー単体で販売開始したのに合わせて発表しました。
私たちは、誰でも活用しやすいオープンソースのライブラリ「ORPHE CORE.js」をGitHub上に公開しています。このセンサーとライブラリを活用すれば、センサーで解析した歩行・走行データを用いたwebアプリケーションや、センサーの動きと連動したオリジナルゲームを開発できるようになります。
グラフィックを極めて簡素化したサンプルですが、たとえば下記(右図)のように、センサーの動きに合わせたシューティングゲームなどが作れます。

「ORPHE CORE.js」のトップページ(左)と、簡易作成したゲーム画面のサンプル(右)
混ざりあう未来に生まれる行動変容とは?
――今後は医療やヘルスケアだけでなく、ゲーム分野にも注力する方針なんでしょうか?
菊川:医療やヘルスケアはもちろん、ゲームなどのエンタメ分野など、全ての領域に力を入れて取り組んでいきます。これらの分野から一つを選ぶというよりも、“混ざった状態”であることが大切だと考えています。
――混ざった状態、ですか?
菊川:医療やヘルスケアの分野でも、ゲーミフィケーションの必要性が論じられています。リハビリは「楽しくないと続かない」のが現実で、どうすれば日々の運動を習慣化して、楽しく続けることができるかは、重要なテーマなんです。
たとえば、散歩をしながらゲームができて、じつは健康管理にもなる。そんな近未来の姿を思い描いています。
――たしかに、ゲーム感覚でリハビリや運動ができるなら続けやすいかもしれませんね。
菊川:今までは、そうしたゲームを作ろうと考えても、専門的な知識や技能を持っていなければ難しかったと思います。しかし、先ほど述べたように、私たちのライブラリのオープンソースを使えば、プログラムの経験が浅い人でも、簡単にゲームを作ることも可能になります。
ちなみに、YouTubeで公開しているワークショップでも実践しているんですが、ゲームのプログラミングをChatGPTに書いてもらうことも可能なんですよ。
現時点でも、私たちが公開しているオープンソースとChatGPTを駆使すれば、ゲームを作ることはほぼ可能だと言えますが、今後はさらに、より高度なゲームを簡単に作れる環境が整っていくでしょう。
そうなれば、医師が「患者にこういう運動をさせたい」と考えて専用のゲームを作るとか、患者が「このトレーニングに飽きた」と思えば自分でアレンジできるとか、そんな世界が現実になると考えています。
(取材/文・和田 翔)