EVのニュースを傍で見ていると時としてこれは漫才ではないだろうか、と思うことがあります。

十数年前、EVの時代が来るぞ、とマーケティング上のアーリーアダプターたちが興奮しました。日本では三菱自動車や日産が世界に先駆けてEVを発売し、「さすが自動車大国ニッポン」と思わせました。

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その日本では推進派と反対 派がぶつかり、産業界はどっちつかず。その頃、中国では国を挙げて「EVを作る!」で盛り上がるも、日本の技術者はそのEVをみて「素人のプラモデル」程度だとこき下ろしました。

欧州ではVWの排ガス問題から一気にEV化を政治問題に絡ませ、産業構造の変換を図ろうとします。一方のアメリカでは「国土が広いし、その辺掘れば、原油もでるぜ」でまともに構える気もなし。

それがいつの間にかSDG’sだ、産業は変わる、電池も変わると異口同音にEVバンザイとなります。

その間、馬鹿にされていた中国ではEVの実用化が進むどころか、レッドオーシャンの中国国内自動車市場で改善改良を重ねた車が続々登場、淘汰も進む中でBYDが後続を数馬身離して国内トップを走ります。

EVで笑える企業は現在は世界でも数社しかないと思います。そしてその快進撃は世界のポリティックスに歩調を合わせながら巧みに展開されています。つまり、市場が求めたというより政府がそうさせようと仕向けているのです。

今、西側諸国は中国と厳しい関係になっています。そして世界が最も重視する産業の一つ、自動車業界についてはその運用面や電池開発、またその素材供給で中国のリードを許す結果になっています。

では世界の政治家はこれからどうするつもりなのでしょうか?案外、簡単かもしれません。

再度、ゲームチェンジをすればよいのです。無茶苦茶な話かもしれませんが、絶対にないとは言えない気がしています。

欧州では2035年以降、ノーエミッションカーの新車販売のみ許される、というルールをドイツがごり押しで変えました。合成燃料(E燃料)の車は例外にすると。合成燃料は空気中のCO2と水素から作り、走る時はCO2を排出します。作る時にCO2を減らし、走る時に同量を出すので足し引きしてチャラだろう、という論理です。この論理は今までの頑なな石化燃料ダメダメ論からずいぶんこなれた思想に転換したな、と思うのです。

だったらPHVで合成燃料ならどうだろう、と思うのです。私だけが勝手に思っているのですが、日本は万々歳でしょう。日産のガソリンを電気に変える方式の車両に合成燃料を使えるようにしたらOKなのでしょうか?環境規制が最も厳しい欧州でのこの変化は内燃機関のクルマをどうにかして認めるという話になるかもしれません。

英国のスナク首相が2030年のガソリン車とディーゼル車の販売禁止計画を5年延長すると発表しました。一部自動車メーカーから「間に合わない」と悲鳴が上がったことが理由とされます。つまり、政治的決定もそれが現実的でなければ施行できないのです。自動車メーカーが出来ないと言ってしまえば「じゃあ、延ばそう」なのです。つまり政治とはそれぐらい時の風に吹かれやすいのです。

アメリカはどうでしょうか?トランプ政権の時、EVよりもライトトラックでした。「環境問題どこ吹く風」だったのです。が、大統領が変わるだけでこうも世の中の絵図が変わってしまうのです。では来年の大統領選。どうなるかわかりませんが、それ次第ではアメリカのEV熱はまた変わるかもしれません。