インドとカナダの関係が悪化している。発端はカナダ西部のシーク教寺院駐車場で6月18日に発生した銃撃事件だ。殺害されたハルディープ・シン・ニジャル氏は、シーク教徒の独立運動に関わる過激派組織の幹部とされる。インド政府は、ニジャル氏を「テロリスト」として指定している。

トルドー首相とモディ大統領 同首相HPより

この事件について、カナダのトルドー首相が、インドの諜報員が関与した可能性があるという疑惑を積極的に追求している、と述べたことに、インド政府が激高した。カナダ政府は証拠がないまま公然とインド政府の責任を述べたとして、カナダ人へのビザの発給業務の停止を発表した。

私自身は、事態の推移を非常に残念な気持ちで見ている。インドとカナダの関係悪化も残念なのだが、実はもっと残念なのは、日本も含めて欧米の「リベラル」派メディアや有識者たちが、一斉に「インドは異質(だから関係見直そう)論」を唱え始めて、ことさらに事態を深刻なものとして脚色して盛り上げようとしていることだ。

カナダのトルドー首相も、国内世論対策の事情があって、やむなくやっていることだろう。日本や欧米諸国の外交当局も、事態の鎮静化に向けた努力に奔走しているところだと思われる。無責任なメディアの「インドは価値観を共有するパートナーではない」の論調は、自国の外交基盤を弱体化させるだけの結果に終わるだろう。

残念である。

第一に、事実関係がはっきりしない。偏見を持った状況の推察でインド政府の犯行を断定するのは、あまりに危険だ。オサマ・ビン・ラディンをはじめとするアルカイダ系・イスラム国系の「テロリスト」を暗殺するのは、無人機を用いて数限りない無数の他国領土内の標的殺害を繰り返してきたアメリカ政府以外にはない、と推察できるかもしれないが、インドの状況は異なる。即断はできない。

第二に、インドは、21世紀の超大国である。カナダとは、現在の国力や近未来の潜在力が違いすぎる。インド批判を好んで行いたい国はない。万が一にも、どこかの国がインドの国力を過小評価するような言動を見せたら、インドに反発されるのは当然である。拙速なインド批判の論調は、直近のロシア・ウクライナ戦争における国際世論対策でも、ウクライナを支援する欧米諸国に否定的な影響しかもたらさないだろう。