基地の町横須賀で生まれ育った筆者は19年2月、本欄に寄せた一本目の拙稿で、沖縄県が普天間の辺野古移転に関する「県民の意思を的確に反映させることを目的として」実施する県民投票について、こう書いた。
「県民の意思を的確に反映させる」といったところで、この投票で沖縄県県民の意思がどのように示されようと、それが国政に反映されることはない。なぜなら、日本国内の米軍基地の存在は日米安保条約という国と国との約束に基づくものだからだ。
あれから4年半、「台湾有事は日本の有事」が現実となる可能性が高まるに連れ、安保条約の重要性も増した。一朝事あれば、安保条約と一体不可分の「行政協定」の下に第七艦隊の艦船修理を一手に担う米海軍横須賀基地が、真っ先にミサイルの標的になるだろう。とはいえ、国ごとよそへ引っ越せない以上、この状況を地政学上の運命として受け入れねばなるまい。
安保改正の前年(59年)に書かれた「安全保障条約論」の「はしがき」で、西村は「まだ一度も発動されたことはない」安保条約は、「完全にその使命を果たしている」「それにもかかわらず改訂しようとするのは、・・日本人はきちんとすることが好きな国民」だからと述べている(大好きな台湾だが、筆者も日本人、時間にルーズな点などには馴染めない)。
西村は第6章「安保条約と沖縄はどういう関係にあるか」で、「ふたつを除いて、安保条約の交渉中沖縄は問題とされなかった」と書いている。「そのひとつ」は、日本国に沖縄が入らないことが規定されている以下のサ条約第三条を巡る交渉。
第三条
日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。
沖縄を米国の信託統治下に置くことには、日米英間でせめぎ合いがあった。米英は日本に沖縄を放棄させた上で、米国が信託統治する方針だった。が、吉田首相はダレスに「米国の軍事上、沖縄を必要とする事情を日本として理解するが、その必要には日本として如何様にも応ずる所存であるから、沖縄を日本の領土として残してもらいたい」と熱心に説いた。
結果、サ条約第三条は沖縄に対する日本の主権の放棄を要求しなかった(台湾、朝鮮、北方領土は放棄)。斯くて、沖縄の主権は日本に残り、沖縄の人々は日本人であり続けた。米代表ダレスと英代表ヤンガーは51年9月5日、「琉球と小笠原の諸島について、条約はこれらの諸島を日本の主権から分離しない」(ヤンガー)と公式に声明した。
沖縄が俎上に乗った「もうひとつ」は、安保条約が、戦争と戦力を放棄している日本とそうでない米国との「特異な形式と性格を有する」条約なので、日本の安全を維持する協力関係を日米間に設定する議論。この結果、米国が安保義務を発動する武力攻撃の加えられた地域を、日本に限定せずに日本に駐留する「米軍が防衛する区域」とした。
ここに「極東条項」が登場する。西村は、「沖縄を防衛区域に入れること」に対する日本側の「有力な反対論」は、米国が極東における国際の平和と安全のために行う軍事行動に「日本が巻き込まれる危険が増大する」というものだと指摘する。70年経っても玉城氏は「米軍基地が集中し、平和が脅かされ」ていると演説した。
岸元首相は「岸信介証言録」では、極東の範囲は「常識的に考えればいいんだ」「その時の問題の起こり方いかんによる」と語ったが、実際には次のようにかなり丁寧は国会答弁をしている。
新条約の条約区域は「日本国の施政の下にある領域」と、明確に定められております。他方、新条約には「極東における国際の平和及び安全」ということもある次第であります。ところで、その「極東」でありますが、一般的な用語としては、別に地理学上正確に画定されたものではありません。しかし、日米両国が条約で言っております通り、共通の関心を持っているのは、極東における国際の平和及び安全の維持ということであります。この意味で、実際問題として両国共通の関心の的となる極東の区域は、この条約に関する限り、在日米軍が日本の施設及び区域を使用して、武力攻撃に対する防衛に寄与し得る区域ということになるわけであります。こういう区域としては、大体においてフィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれるということであります。
最後の文節の「中華民国の支配下にある地域」は、日中国交正常化2ヶ月後の72年11月の衆議院予算委員会での田中首相答弁により、「台湾地域」と読み替えられた。従って、安倍元首相のいう「台湾有事は日本の有事」における在日米軍の防衛範囲には、台湾が明確に含まれている。
福島処理水の放出で、中国は日本産水産物を全面禁輸した。筆者はこの事態を「風評を1億2千万国民に背負わせたくれた中国に礼をいう」と書いた。この決意を沖縄に擬えれば、「台湾有事は日本の有事」という地政学上の厄災を1億2千万国民が背負い、一丸領土を守り抜くとの強い意思を表明することになる。
岸田政権もこの1年、防衛三文書を決定し、防衛費倍増に着手し、日米韓の同盟関係を整え、「シン・喧嘩太郎」は台湾で「抑止の重要性」を強調した。老バイデンも「台湾を守る」と何度も失言?した。これらのことこそ、敵を怯ませる「抑止」という「防衛外交」だ。
「沖縄県民は、知事の言動に惑わされることなく、国を信じよ」が、昨日も今日も普段と変わらない台湾で考えた「沖縄」の結論である。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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